医のこころ
一般社団法人 日本医療学会

地域社会の活性化こそ認知症対策の重要な処方せん

超高齢社会を迎え、認知症の人々の増加が予想されるが、認知症をはたして純然たる病気と捉えるべきか?近年の疫学研究では、認知症の発症には社会参加や他人とのコミュニケーション、運動習慣の有無が非常に大きなウエートを占めることが分かってきた。健康行動や心理的要因のみならず社会経済的要因も視野に入れた多面的な全国の約40市町村の約20万人高齢者調査を主導した千葉大学予防医学センターの近藤克則教授に、認知症対策に向けた新たな可能性についてお話しいただいた。

認知症の発症リスクは地域間で約3〜4倍の差

日本医療学会理事長の高崎健先生

高崎 認知症や寝たきりの予防対策では医学というより、医療としてのアプローチがより重要だと思っています。認知症にはいろいろな原因があるわけですが、患者さんやご家族はその原因の解明より、認知症の症状そのものへの対応を求めていると思われるからです。言葉を換えれば、社会生活という観点からまず考えるべきではないでしょうか。

近藤 私もそう思います。実は、認知症の絶対数は増えているのですが、直近10年ほどの間に、欧米では同年齢における認知症の発症率はむしろ1〜2割ほど減っているという報告が相次いでいます。一方で、その間には、有効性が証明された認知症の予防薬が開発されたわけではありません。

高崎 そうなると、環境の変化などの影響でしょうか。

近藤 そうではないかと考えています。われわれの研究グループJAGES(Japan Gerontological Evaluation Study,日本老年学的評価研究)では、そのヒントとなる調査結果が得られています。IADL(instrumental activities of daily living:手段的日常生活動作)低下という認知症リスク指標があります。これは、食事を自分で作る、買い物ができるなど身の回りのことを5項目お尋ねし1項目でも「できない」と答えた方の割合を市区町村別に集計してみました。全国の53市区町村別で比較したところ、最もリスクが低い地域は7.9%だったのに対し、最も高い地域は23.2%で、上下で約3倍も差があることがわかりました(図1)。さらに認知症リスクではなく、浜松医科大学の尾島俊之教授が縦断追跡データを使って、認知症自立度ランクⅡ以上で要介護認定を受けた人の(年齢と性別のみ調整)オッズ比を市町村間で比較したら、その差は約4倍に広がりました。

しかも興味深いことに、リスクが低い地域、言い換えれば認知症になり難い地域は政令指定都市や人口密度が高い都市部に集中しており、郊外や農村になるとリスクは高くなるのです。そこで、都市には“生活者を認知症にさせにくい何らかの理由”があると考えられます。

高崎 なるほど。その理由が明らかになれば、認知症が少ない社会をつくれる可能性がありますね。

近藤 その通りです。1つ有力なのは、“人口密度が高い地域の方が歩いている人が多い”ということです。郊外や農村などでは自家用車が主要な移動手段になっており、1家に1台どころか、家族全員、1人1台ずつ持っていることも少なくありません。こうした人たちはいつも車で移動していて歩かない。一方、東京などの都市では、電車、バスで移動する人が多い。いくつもの路線が入り組んでいて、どこかへ行こうとすると乗り換えも必要です。しかも同じ駅内でもかなり歩かされます。

高崎 たしかに、意識せずに歩かされるようになっています。

近藤 もう一つ、人口密度が高い市区町村ほどスポーツの集いなどに参加している人が多く、転倒率も低いことがわかりました。社会参加している人が多い地域では、うつや認知症リスク者の割合も少ないことが報告されています(図2)。つまり社会参加がしやすい環境も大事なのです。

図1

図2

生活習慣が自然に改善される社会環境づくりが必要

千葉大学予防医学センター
社会予防医学研究部門教授
(国立長寿医療研究センター
老年学・社会科学研究センター
老年学評価研究部長併任)の近藤克則先生

高崎 今のお話を踏まえれば、認知症や寝たきりが多い地域では、生活環境を変えていく必要があるということでしょうか。

近藤 そう思います。たとえば、塩分が多い食事は高血圧を招き、脳卒中や心疾患のリスクになると長年言われてきました。幸いにも日本人の塩分摂取量は過去15年ほどの間に12gから10gに減ったそうです。しかしそれは一般大衆が使う塩分を控えただけではなく、食品加工業界が、使った塩分量もほぼ同じ割合で減っていることも無視できません。かつてトマトジュースには食塩が添加されていましたが、現在は無塩になっています。今では日本人の塩分摂取量の7〜8割が加工食品由来になっているそうです。一方で、健康教育の一般集団に対する効果はほとんどないという、55編の先行研究をまとめたシステマティックレビューもでています。

高崎 つまり、医学的なアプローチだけでは限界があると。

近藤 そうです。塩分もそうですが、公園の面積を広くしたり遊歩道を増やしたりして、生活習慣が自然に改善されていくような社会環境をつくることが有効なのだと思います。たとえば、1人暮らしの人への配食サービスが増えていますが、便利ではありますが、閉じこもりを助長する側面もあります。一方で、1人で食事をしている人はだれかと一緒に食事をしている人に比べ、うつの発症や死亡確率が高いことが報告されています。ですから、むしろ1人暮らしの人が集まって会話しながら食事をできるような「会食サービス」が普及した環境づくりが必要ではないかと思います。

高崎 ごく普通の生活と言いますか、他者とのコミュニケーションが毎日あり、多少面倒でも歩かされる環境があることがより重要だということですね。

近藤 社会参加が10%多い市や区では要介護認定率が5%少ないのです。わが国の現在の介護給付費は10兆円です。要介護の認定率は20%弱ですので、5%は約4分の1にあたります。長期的には介護給付費も4分の1減るとしたら2.5兆円削減を期待できます。医師や薬も必要とせずに、これだけ多くの支出を減らせる可能性があるわけですから、環境づくりについては、もっと研究すべきだと思います。

高齢者を孤独にさせないように社会参加を促す取り組みを

対談を終えてのツーショット

高崎 社会参加が大事だとすれば、高齢者施設を増やして高齢者を社会から切り離すような施策もあまりよくありませんね。

近藤 同感です。祭などの地域の行事が衰退している地域は引きこもる方が多いこともわかっています。盆踊りや餅つき大会などの賑わいがあれば、お年寄りもちょっと覗きに行こうかという気持ちになります。高齢者を地域の中で見守ることが重要だと思います。

愛知県の武富町で、高齢者が気軽に参加できる体操や趣味の会を定期的に開くサロンを増やす取り組みをしたら、高齢者の1割が参加するようになりました。そんな「通いの場」に来ている7市町の約3000人に、参加後の変化をアンケート調査したところ、「幸せを感じるようになった」が80.2%、「気持ちが明るくなった」が76%、「将来の楽しみが増えた」が66%でした(図3)。そうした場を増やせば、気持ちがポジティブになる高齢者が増えそうです。

あるショッピングモールでは、モール内を歩き回るとポイントをもらえるモール・ウォーキングを始めています。参加者は、ポイントをもらえますし、歩く機会も増えて元気になります。ついでに買い物もするので、モール側も売上げも増えるそうです。関係者みんながハッピーになります。

英国では孤独担当大臣まで新設し、国を挙げて孤独な人を減らそうとしています。わが国も高齢者の社会参加を促す取り組みを全国に広げる必要があると考えています。

今後、高齢者数の増加が予想されるのは都市部です。都市ならではの人間関係が薄いという課題もあります。一方で、都市には、専門スキルを持った専門職、企業退職者、NPO、事業者、企業など多くの資源があります。従来のボランティアというと、お手伝いや見守り支援という直接支援が主でしたが、これからはこうしたスキルを持った人が間接支援に回り、数百の通いの場を対象にマネジメントサイクルを回して、「通いの場」を活性化するような仕組みづくりが必要ではないかと考えています。その試みとして千葉大学予防医学センターと東京に隣接する松戸市との共同研究(松戸プロジェクト、別項参照)を開始しました。認知症はもちろん、要介護になることを予防する効果が、社会参加を増やすことで得られることを実証できないかと期待しています。

高崎 人間は社会とつながっていないとだめです。高齢者が安心して地域を歩き回ることができて、新しい情報に触れられるような環境をつくらなければいけませんね。それが認知症や寝たきりを減らすための最も有効な方法だということです。本日は有益なお話をうかがいました。ありがとうございました。

図3

近藤克則(こんどう・かつのり)先生

1983年千葉大学医学部卒業。東京大学医学部付属病院リハビリテーション部医員、船橋二和(ふたわ)病院リハビリテーション科科長などを経て、1997年日本福祉大学助教授。University of Kent at Canterbury(英国)客員研究員(2000-2001)、日本福祉大学教授を経て、2014年から千葉大学 予防医学センター 教授。2016年から国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター 老年学評価研究部長(併任)。「健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか」(医学書院、2005)で社会政策学会賞(奨励賞)受賞。近著に「健康格差社会への処方箋」(医学書院、2017)。

本記事に関するコメントをお寄せください

PICK UP