第5回『トランプ現象と世界』

トランプ現象と世界

11月3日に迫った米国大統領選挙投票日ー4年前に突然、「大統領」というトップスターに駆け上がったドナルド・トランプは何を演じ、どんな「現象」を世界に巻き起こしたのか。「トランプ劇場」の第一幕を検証する。

役者「トランプ」の最も得意な演技は「フェイクの乱発」。トランプは4年前の大統領選挙に出馬以来、「事実誤認」や 「誤解した」発言を繰返して来た。その数をワシントン・ポストなどの米国のクオリティ・ペーパーは「ファクト・チェック」し、カウントして来た。それがこの5月末で「1万8千回を超えた」。更にトランプは彼の「フェイク」を指摘し、批判するメディアを逆に「フェイク」と決めつけ、切り捨てて来た。この「聞く耳」持たぬ「倍返しフェイク」もカウントするとトランプの「フェイク」は優に2万回を超えただろう。

米国の初代大統領のジョージ・ワシントンは子供の時、父親が大事にしていた桜の木を斧で斬り倒した。この悪戯を正直に告白し、かえって褒められた。教訓のための作り話との説もあるが、以来、ワシントンは正直者のモデル。

それから約230年後、45代目の大統領は真逆のキャラクター。権力を茶化すメディアはトランプに「Liar of the year(嘘つき大賞)」を2度も与えている。トランプはギネスにも登録されかねない「記録的な嘘つき男」を演じている。

この「嘘つき」のツールにSNSを活用しているのもトランプの特技。1万8千の「フェイク」のうち、2割はツイッターで世界に発信されている。

これまで米国大統領の発言は主として記者会見を通して発信されて来た。ところがトランプは記者会見を控え、ツイッターで一方的に発信する。世界最強の権力者の発言が何のチェックも、スクリーニングもされずに世界に流れる。そのフォロワーは1億1千2百万人超に上る。ローマ教皇や大統領選の対立候補、バイデンのフォロワーの倍以上だ。

これでは既存メディアの影響力低下は避けられない。さすがにツイッター社はトランプのツイートに再三「注意喚起」、これに反発したトランプとの対立が生じている。「トランプ現象」は米国を震源に世界のメディアに変革を迫っている。

トランプが米国で知名度を高めたのは、テレビのリアリティー番組「アプレンティス(見習い)」への出演だ。見習いを次々に「You’re fire(お前は首だ)」と解雇して行く番組が人気を呼んだ。この効果に味をしめたのか、トランプはスタジオからホワイトハウスに舞台を移しても、暴言と横暴な振舞いを演じ続けている。ヒラリー・クリントンとの選挙戦は罵詈雑言の応酬で「史上最も醜い大統領選」と酷評された。だが戦いに勝ったトランプにとっては成功体験。4年後、相手がバイデンに変わっても戦法は変えず、むしろエスカレートしている。

これでは常人は付いていけない。トランプの周りを固める脇役陣は次々と消えて行った。トランプ政権を去った高官は30人を下らない。政権発足時からのキャストで残ったのはファミリーの子供(KID=クシュナー、イヴァンカ、ドナルド・トランプ・ジュニア)とペンス副大統領ぐらいではないだろうか。

今回の大統領選の共和党候補決定の党大会をトランプはホワイトハウスで開催、異例の「選挙利用」に踏み切った。そして応援スピーチの過半は夫人、息子、親族のファミリーが演じた。「公私混同」「権力の私物化」を絵に描いた光景が展開された。

その人格的な異常さは暴露本の多さが物語っている。3年半で5指に余る。筆者もジャーナリストやレポーターから側近幹部、親族(姪)と幅広く、トランプの「本質」が窺える。 本質と言えば、トランプの政治手法は家業の不動産業で培った「Deal(商取引)」であり、政治姿勢は「前任者(黒人大統領オバマ)否定」だ。

Dealの手法は世界最大の経済力と最強の軍事力を背景にした「ふっかけと脅し」。武器の露骨な売り込み、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に始まりパリ協定の脱退、イラン核合意、WHO(世界保健機構)の離脱と所構わずの八つ当たりの「戦略無き外交」で世界を掻き回して来た。BREXITを追随するAMEXITの動きだ。トランプのスローガンのMAGA(アメリカを再び偉大に)ではなく米国モンロー主義の亡霊復活で、「パクス・アメリカーナ(米国による平和)の終焉」が進行している。

「前任者否定」はどんな組織のポストでも新任者の有効手段となりがちだ。ただトランプの「オバマ遺産の否定」は「オバマケア」などの国内問題に留まらない。INF(中距離核戦力)廃棄条約の破棄や国交を回復したキューバとの関係悪化などこれまで積み上げて来た外交成果を突き崩している。「黒人大統領の誕生」は余りに革命的だったので米国社会にはリアクションも強い。トランプはその反動に乗り、無原則な「オバマの全否定」を打ち出した。

こうした異常な「トランプ現象」を検証すると、米国の「民主主義の危機」は明らかだ。それでも大統領選の展開を見ていると、米国政界は強い野党が健在、権力を握る大統領・与党をチェック、批判するメディアが健在、州などの地方自治体が中央の連邦政府から自立、独立性が強い、など民主主義が機能する基盤は崩れていない。トランプはコロナに感染しても懲りず、非科学的、反知性的言動を繰返している。遂に米国の権威ある科学誌、医学誌までバイデン支持を表明する異例現象が起きている。

安倍一強長期政権が続き、その継続政権が誕生した日本社会とは違う。「トランプ劇場」が1幕で終わるのか、それとも第2幕が開くのか。米国のみならず、世界が重要な岐路を迎えようとしている。(敬称略)

2020・10・16
上田克己

プロフィール

上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞