第27回『「ローカル」と「リニア」が描く「鉄道大国 日本」の今と将来。(産業の興亡・企業の盛衰〜Part5)』
「ローカル」と「リニア」が描く「鉄道大国 日本」の今と将来。(産業の興亡・企業の盛衰〜Part5)
2022年は日本の「鉄道開業」150年、「国鉄民営化」から35年に当たる。この間、日本は鉄道の輸送旅客量が世界一を記録した「鉄道大国」になった。
だが、「開業150年」を迎え、危惧されているのは「ローカル線の存廃」と「リニア新幹線の成否」。この両極の問題が日本の鉄道産業の「将来」を決める鍵となりそうだ。 今年に入って「ローカル線の存廃」が改めてクローズアップされて来た。
JR西日本、JR東日本が相次ぎ、「路線別収支」を公表、1日の平均通過人員(輸送密度)が2千人未満の赤字線区を明らかにした。路線別収支の公表は2016年のJR北海道を皮切りに3島会社は既に実行していた。コロナ禍で本州3社も鉄道収支が赤字に転落、JR東海を除く2社が公表に踏み切った。「鉄道開業150年」に合わせ、鉄道事業の「窮状をアピールする」狙いが透けて見える。沿線の住民や自治体は「ローカル線廃止の布石」と警戒感を高めている。
実は「ローカル線の存廃問題」はJRに限らず、私鉄でも半世紀前から抱えてきた「古くて新しい問題」。地方に多くの路線を持つJR各社が特に切実だ。
JR各社の「ローカル線廃止」の背景には、「地方の人口減少、高速道路など道路網の発達と自動車の普及、自然災害の多発による鉄道施設の損壊」など構造的、歴史的な原因がある。
それでもJR各社の「ローカル線廃止を運命付けた」のは、皮肉にもJR各社を産んだ「国鉄の分割民営化」ではないだろうか。
「国鉄民営化」の狙いは2つ。「労働組合潰し」と「巨大な赤字(債務)の解消」。国鉄を6つの地域会社と1つの貨物会社に分割民営化し、交通ストライキの減滅、人員・投資の合理化で収益力向上、債務の分担・解消を進めてきた。
しかし、国鉄を分割民営化した結果、JR各社間に大きな「業績格差」と「意識の溝」が生じた。旅客輸送密度の高い大都市圏の路線と新幹線を持つ「本州3社」とローカル線中心の「3島会社」の収益力格差は民営化前から想定されたが、それが現実となった。特に新幹線の中でも「ドル箱の東海道新幹線」を持ち、ローカル線の営業距離は短い「いいとこ取りのJR東海」とローカル線の営業距離の長い「全線赤字のJR北海道」の格差は大きい。
JR東海はただ1社、「路線別収支」を公表せず、民営化以降「1路線も廃線していない」と誇っている。これに対してJR北海道は2016年の路線別収支を公表以来、「全線営業赤字」が続き、廃線を進めて来た。
鉄道は路線別に収支格差が生じる。だから本州3社では黒字線が赤字線の穴を補い、ネットワークを維持する「内部補助方式」が採られた。全線赤字の北海道はそれが出来ない。経営安定基金などの支援措置はあっても、赤字線の廃線は避けらず、JR北海道発足後の35年間で営業路線の約3分1、千キロ近くを廃線せざるを得なかった。この厳しい経営環境下、JR北海道は2人の社長経験者が自殺する痛ましい歴史を持つ。
これに対してJR東海では、28年間代表取締役を務め「天皇」と言われた葛西敬之は、国家公安委員など政府から要職を委任された。後任社長の松本正之はNHK会長に就任した。名古屋財界は嘗ては松坂屋など老舗企業5社が「五摂家」と呼ばれ、中核を占めた。今はトヨタ自動車、中部電力とJR東海が「新御三家」と称され、リードする。
このJR東海とJR北海道の「明暗」は国鉄の「分割民営化の産物」。JR北海道の社長経験者の連続自殺は国鉄民営化が産んだ「悲劇」と言える。
交通インフラの「存廃」は「収支」だけで決めるべきではない。それは鉄道事業者も判っている。しかし、JR各社のように民営化し、上場会社になると、「路線の存廃」は「収支が優先」し、「赤字ローカル線の廃線」は避け難くなる。
本来、鉄道は旅客だけでなく貨物輸送の面からも全国的なネットワークが必要。それを維持するためには黒字線が赤字線を補う「内部補助」が有効な方式。ところが、国鉄で突出した収益力を持った「東海道新幹線」が分割民営化で、「JR東海の1社独占」となり、全国的なローカル線の「内部補助」は実行不能になった。
そればかりかJR東海は東海道新幹線の収益は「リニア新幹線」に投入する方針を採った。もし「東海道新幹線の収益」を他のJR各社にも何らかの形で配分できる方式が取られていれば、ローカル線の「存廃問題の様相」は変わっていただろう。
こうした情勢でも国が「赤字ローカル線の救済」に乗り出す気配はない。結局、「ローカル線の存廃」は当該JR会社と地域自治体で対応しなければならないテーマとなっている。尾張(おわり)名古屋のJR東海は唯一、ローカル線存廃問題を抱えてないが、他のJR会社は「終わりの見えない難題」に引き続き取り組んで行かざるを得ない。
一方、JR東海は、総額10兆円にも上る超大規模プロジェクトの「リニア中央新幹線の事業化」に手を挙げた。しかも「1社単独」という「快挙」と讃えたいところだが、「暴挙」或は「怪挙」と訝る向きもある。
決断したのは会長の葛西敬之。JR東海は1980年代後半からリニア新幹線を提起し、準備を進めて来た。東海道新幹線の老朽化と地震など自然災害に備えた「新幹線のバイパス化」が狙い。それが大義名分だが、某名古屋経済人よると「葛西さんは、(利益が)税金に取られるならリニアに」と語っていたという。
リニアの「1社単独事業化」に踏み切ったのは、東海道新幹線の突出した「収益力」あっての決断だが、「強力な支援者の存在」が見逃せない。
2007年9月、安倍晋三は首相を突然辞任した。在任1年間に葛西とは7回面会、経済人では異例の多さ。その安倍の辞任3ヶ月後に、葛西は「東京ー名古屋間のリニア新幹線をJR東海が自己負担で建設する」と発表した。いくらJR東海の収益力が高くても、工事費9兆円を1社で負担するのは無理との見方が大勢だった。
しかし、葛西は「国や他社の資本が入ると、方針決定に時間がかかり、やるべき計画が出来なくなる」と判断、「1社単独で自己負担する」と啖呵を切った。邪推かも知れないが、葛西は安倍との親密な関係から、この時既に「秘策」があったのではないだろうか。 12年12月に安倍が首相に返り咲くと、葛西との面会は更に増え、経済人では経団連会長の倍近い突出した回数を記録した。葛西は安倍を囲む財界人の集い「四季の会」(後に「さくらの会」)の幹事役でもあった。
この関係の中から16年6月、安倍は「リニアの大阪への延伸工事の8年前倒し」を要請、それを促進するためとの「理由(口実)」で「財政投融資の活用」を認めた。そして3兆円もの財投が鉄道・運輸機構を経由(籠抜け)でJR東海へ「貸し出された」。もちろん「低利、長期固定」と機構に融資した財投と同じ条件。事実上、JR東海に財投という「公的資金」が投入され、「民間企業1社の自己負担事業」から「国家プロジェクト」へ衣替えした。それでも民間企業が鉄道・運輸機構から「借り入れ」との体裁を採ったからか、国会審議もされず、事業認可が下りた。
この「怪挙」に、社民党の福島みずほ議員が安倍首相に質問状を出したが、通り一遍の回答で終わった。JRや電力会社の原発問題など大企業や産業に関わる問題だと野党は国会で厳しい追求が出来ない。当該の企業・産業の労組出身議員を抱えているからだ。労組依存の野党の限界だ。
メディアも日経ビジネスがリニア新幹線は「第3の森加計問題」と安倍の「お友達政治」を問題視する動きもあったが、尻す簿みに終わった。こうして前代未聞の「(建て前)1社単独の10兆円国家プロジェクト」は動き出した。ところが「産みの親」の葛西がこの5月、「後見・支援役」の安倍が7月と、2ヶ月足らずの間に相次ぎ他界した。
安倍・葛西の「親密度」は安倍の国葬で改めて浮き彫りになった。前首相の菅義偉が読んだ弔辞に引用した「山県有朋の歌」は2ヶ月前、安倍が葛西の葬儀で読んだ弔辞のパクりだった。山県の歌が綴られた本は「葛西が安倍に勧めた」そうだ。強力な推進役の「両輪」を失い、「リニア新幹線の前途」を危ぶむ声が出始めた。
葛西が「1社の単独事業化」に拘ったため、東海を除くJR各社はリニア新幹線を冷ややかに見ている。自治体も静岡県は南アルプスのトンネル工事に伴う水問題で、着工に反対している。
こうした状況から「リニア新幹線の2027年開業は難しい」との見通しがJR東海関係者からも出始めた。
数年前から病に侵された葛西は「道筋は着けた」ものの「リニア新幹線の行方」が余ほど気がかりだったようだ。重病説が流れていた今年2月に発行の「文藝春秋」の座談会(紙面設定?)、「リニアはなぜ必要か?」に登場、「これほど経済や暮らしインパクトを与えるインフラはない」と「リニア新幹線の意義」を熱く語り、関係者を驚かせた。
死期を悟った葛西は入院、1ヶ月半、家族以外は面会謝絶だったが、安倍とだけ3回も会ったという。葛西は安倍に「日本を頼む」と言ったと伝えられているが、「リニアについては」と考えるのは「下衆の勘繰り」だろうか。
確かにJR東海のリニアは完成・開通すれば、1部の航空機路線を代替、新たな「交通革命」が始まる可能性がある。世界で唯一の「超電導リニア」となり、有力な輸出プロジェクトともなり得る。超電導技術が進化すれば、電力の輸送・蓄積も効率化、エネルギー対策にも寄与する。ただ高いコストで、経済性に不安があり、「陸のコンコルドになる」との懸念の声もある。
取り敢えず、いつ尾張名古屋まで開通できるかが当面の焦点。葛西、安倍の両氏ともこの開通を見届けられなかったのは、さぞ無念だっただろう。しかし、リニア新幹線は尾張名古屋で終わらない。大阪延伸が実現して初めて新幹線のバイパス化の実現となる。
そしてその「成否」が在来線やローカル線の「存廃」に改めて影響するだろう。JR東海の「リニア新幹線と東海道新幹線の1社1元運行」が、私鉄も含めた業界地図をどう塗り替えて行くか。息子が鉄ちゃんで、「門前の小僧」ならぬ「門前の親父」としては、引き続き「鉄道大国 日本」の行方へを注視して行きたい。
そして「安倍政治の総括」は「旧統一教会、森加計問題」に止まらず「リニア中央新幹線」にも的を当て、しっかり矢を放つべきではないだろうか。安倍の「非業の死」で、全てを「終わらせてはならない」。 (敬称略)
2022・11・17
上田 克己
プロフィール
上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞
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