第34回『北朝鮮とロシアの「シン・軍事同盟」に日本はいかに向き合うか~「異常国家連合」のリスクと対策』
北朝鮮とロシアの「シン・軍事同盟」に日本はいかに向き合うか~「異常国家連合」のリスクと対策
イスラエルとパレスチナの武装組織「ハマス」との「戦争」が再発した。戦場のガザ地区と同じ経度にウクライナが位置する。2つの戦争で世界の耳目はユーラシア大陸の西に注がれているが、東にも「北朝鮮とロシア」の新たな「軍事同盟の結成」という「重大事変」が起きた。「日本の外交」は地球儀を俯瞰する視点も大事だが、まず足元の「極東情勢の変動」に向き合い、対応しなければならない。
北朝鮮の金正恩総書記が4年半ぶりにロシアを訪ね、プーチン大統領と直接会談し、「(軍事力を主眼の)協力強化」を約束した。日本と最も近い2つの隣国の新たな「軍事同盟」に日本はどう対応して行けばよいのか。この「地政学的な宿縁」が「日本外交の最大の課題」となって来た。
朝鮮半島の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と大韓民国(韓国)の2国は今年、「建国75年」「朝鮮戦争休戦70年」を迎えた。第2次大戦の終結で朝鮮半島は「日本の植民地支配」から解放されたが、北緯38度線を境に北はソ連、南は米国に分断統治され、5年後にそれぞれ独立した。
第2次大戦後、同じように「分断国家」となったベトナム、ドイツは再統合したが、朝鮮半島は戦後78年経っても分断状態のまま。加えて分断した国家同士が争った「朝鮮戦争」は「休戦協定」を結んだまでで、「平和条約」締結による「戦争終結」に至っていない。
この「戦時状況の長期化」が、北朝鮮に世襲の政治権力「『金王朝』を産み、その独裁体制」を存続させ、「核兵器保有の先軍政治」の推進を許した。朝鮮戦争の休戦協定は「国連軍」を代表して米陸軍の大将・中将、「中国・北朝鮮連合軍」を代表して北朝鮮軍の大将と中国の副主席、そして北朝鮮人民軍総司令官の金日成も署名している。「休戦協定」が70年経っても「戦争終結の平和条約」ヘ進めない「責任」は、戦争当事国の「南北朝鮮」と共に、休戦協定に署名した「米国と中国」にある。
その間、南北朝鮮の「一人当たりのGDP」は、2021年時点で、「韓国が北朝鮮の54倍」と大きく差を広げた。「政治体制の優劣」は経済力だけではないが、この格差は南の「資本主義・自由主義・民主主義」体制が北の「社会主義・権威主義・独裁主義」体制より優れ、体制間競争に「勝った」明瞭な証拠。
それでも北朝鮮には戦後78年間、目立った暴動は無く、政変も起きず、「3代世襲の専制政権」が続いているのは何故か。
まず第1の理由は軍事力強化を優先した「先軍政治」。「世界一期間が長い徴兵制度(男子8年、女子5年)」で100万人超の「世界で最も人口比で多い兵員」を常備。更に退役、予備役などの軍隊経験者や警察官(社会安全員)を全国に配置、国民を「人民班」などの小集団に所属させ、相互に「近隣を監視する体制」を構築。第2に金日成を始め3代の元首を「個人崇拝」する徹底した「洗脳教育」の実施。第3は反体制的な人物を公開処刑を交えて粛清する「恐怖政治」の断行。
北朝鮮国民は第2次大戦が終結、日本の植民地支配から解放された1945年8月15日からソ連軍が進駐して来た24日までの10日間しか「自由を体験」していない。もちろん「民主主義を知る機会も無く、反体制・政府批判のメンタリティが乏しい」との説もある。北朝鮮は「国境なき記者団」の「報道自由度ランク」、英エコミスト誌系研究所の「民主主義指数」は、いずれも「世界最低」の評価。
北朝鮮の英語表記は「Democratic Peaple’s Repablic of Korea」、日本語表記は「朝鮮民主主義人民共和国」。看板に偽りあり。 首都の平壌以外の地方住民は、「極度の貧困」で家族を「飢餓」から守り、生きて行くのに精一杯。「反体制どころか愛国心も無い」とは核査察で北朝鮮に駐在経験のある韓国外交官から聞いた。
こうした「異常な体制」を維持するため、北朝鮮は「核武装」へ走った。これに対して国連は北朝鮮に「経済制裁」を課し、北朝鮮は一段と「孤立化」、経済的に困窮した。特に近年は「コロナ禍」に加え、干ばつ、洪水で「食糧難の深刻化」が伝わって来る。そこで金正恩は「プーチンの誘い」に乗り、ロシアへ再接近した。
第2次大戦中、金正恩の祖父の金日成はソ連の支援を受けて抗日戦を戦った。ところが朝鮮戦争では中国国境ヘ迫って来た「国連軍」を中国が「人民志願軍」を投入し、押し戻した。以来、北朝鮮は中国との関係を深めた。再びロシアとの関係強化は北朝鮮の「振り子外交」、「天秤外交」の成果と言える。北朝鮮が米・中・露の大国の狭間で生き延びて来た「術」でもある。
ロシアもプーチンのクリミア半島占拠、ウクライナ侵攻以来、西側諸国の経済制裁を受け、孤立、「大きな北朝鮮」と揶揄される状況となっていた。新たな「ロ朝同盟」は「世界の孤児」となった「似た者同士が自己防衛」のために互いに摺り寄った。
同盟の内容は公表されていないが、金正恩がシベリアの宇宙基地まで出掛け、プーチンと会談、帰路はロシアの戦闘機工場やミサイル関連の海軍部隊を視察した旅程から北朝鮮は「ロシアの宇宙・軍事技術の習得が狙い」と推測されている。北朝鮮はミサイル発射は相変わらず活発で、技術的にも進化しているようだが、「軍事偵察衛星の打ち上げ」に2回続けて失敗した。衛星打ち上げでは実績のあるロシアに「助けを求めた」ようだ。
一方、ロシアはウクライナ戦争の長期化で不足してきた「砲弾」や「労働力」を北朝鮮に仰ぐ、「異例の要請」をしたようだ。北朝鮮の労働力は「プリゴジンの反乱」で解体状態のワグネルの穴を埋める「傭兵」と勘ぐる向きもある。
「砲弾は枯渇」しても広大な国土のロシアには「北朝鮮が最も必要」としている「小麦と石油」は豊富。両国は軍事力強化と基礎物資の需給で「利害が一致」した。 それにしても北朝鮮は「国家とリーダーの異様さ」が際立つ。「真偽は不明」な点はあるものの、非合法な「国家の犯罪行為」の頻発が噂されている。
中でも最近、目立つのが仮想通貨(暗号資産)のハッカーによる窃盗。23年8月時点で「過去5年間の略奪額は約2900億円」との推計もある。北朝鮮の「主要な国家収入」であり、これが「核・ミサイル開発に投入されている」との見方もある。
この他、北朝鮮の「国家犯罪」疑惑は「麻薬」、「贋金(贋ドル)造り」、「密輸」、「仮想通貨のハッキング」、「(外銀への)サイバーテロ」など国際マフィアも顔負けの行状。過去には「市民の拉致」、「旅客機爆破」、「要人テロ」など「非道・凄惨な事件を起こした」と非難を浴びた。「ならず者国家」と揶揄される由縁だ。
この「異常・異様国家」のリーダーが金正恩。まだ39歳の若さ。彼をサポートする妹、ヨジョン(与正)は36歳。2人は幼少期に共にスイスでの生活経験があるようだが、それ以外の経歴は定かでなく、その経験、見識に西側メディアは不安を感じて来た。
金正恩は「建国の父」であり、「金王朝の始祖」である金日成の権威にあやかってヘアスタイルを真似、「金日成の直系」をアピールしている。電話の受話器を頭に載せたようなスタイルは「テレホン・ヘッド」と失笑を買っている。ミサイル発射などの視察にローティーンの長女を同行。深夜に軍事パレードを挙行、沿道を埋めた人々は歓呼し、旗を振る。プーチンとの会談のシベリア行きも金正恩は片道最低2300Kmを往復9泊10日の列車行でこなした。「21世紀の国家の最高権力者」の行動とは思えない奇行、前時代的スタイル。
こうした金正恩の行動を朝鮮中央テレビの年配女性アナウンサーは「時代がかった勿体ぶった独特の抑揚」をつけて発信する。金正恩を権威付け、「戦時下の国民」に緊張感を与え、敵を威圧する「プロパガンダ」。朝鮮半島を含めて大多数の世界の視聴者は「いつまでこんな茶番劇を続けるのか」と呆れているのではないだろうか。
北朝鮮は第2次大戦で日本と戦い、朝鮮半島を「日本の支配から解放」したのは「金日成」であり、北朝鮮が半島の「正統政権」、南は米国の「傀儡政権」であり、国家として認めて来なかった。だから北朝鮮が「南進し、朝鮮半島を統一する」のが「大義」とし、朝鮮戦争を引き起こした。ところが今年7月、金正恩の妹の与正は、米軍偵察機の飛来を警告するに当たって南朝鮮を「大韓民国」と表現した。「北朝鮮の公式発言としては初めて」と言う。北朝鮮が「朝鮮半島の正統政権」、「南北統一の大義」への「拘りを捨てたのか」注目される。
第2次大戦中、チャップリンはヒットラーを映画「独裁者」でパロディー化、痛烈に批判した。金正恩の有り様はパロディー化するまでもなく、「道化の王子」として、「喜劇を演じている」と西側メディアには映っている。ウクライナに軍事侵攻したプーチンは誤算を重ね「裸の王様」と化している。金正恩の訪露で「裸の王様と道化の王子」が手を組んだ。果たして何が起きるか。実は「笑って観ていられる」場合ではない。その「異常・異様さ」を真面目に演じる「認識ギャップ」が怖い。
金正恩はロシアから帰国後、早速、最高人民会議を開き、「核戦力の高度化」を憲法に明記、北朝鮮の「核保有国の地位の永久化」を宣言した。「核を絶対に放棄しない」北朝鮮の方針は、イラクやリビアの独裁政権が欧米戦力に倒され、ウクライナがロシアに軍事侵攻されたことで固まった。いずれも「核を持たない或は放棄した」ため、欧米露の大国の「軍事力行使を許した」と受け止めているからだ。
北朝鮮は世界で最も閉鎖的な国家の一つと見られているが、国交を結んでいる国は約160ヵ国にも上る。ただ平壌に大使館を置いている国は21年春時点で13ヵ国過ぎない。それでも今年7月に韓国から軍事境界線を越え、北朝鮮へ渡った米兵は「スウェーデンの仲介」で米国へ引き渡された。日本は安倍政権以来、最重要課題としてきた「拉致問題の解決」は米国頼り。北朝鮮が今なお「戦争状態で、最大の敵国」としている「米国頼み」では「拉致問題の解決に前進が無い」のは当然と思える。
更に安倍政権以来、日本は「自由で開かれたインド・太平洋」の推進を外交戦略に掲げて来た。それは重要だが、極東アジアの「平和と繁栄」には「自由で開かれた日本海」時代の到来が必須要件。
ところが日本海を囲む西北コーナーの北朝鮮とは国交が無いばかりか、北朝鮮は昨年だけで日本海へ向け100発近いミサイルを発射している。日本海の北辺を占めるロシアとは今だ平和条約は結べず、北方領土も返還されないまま。ロシアのウクライナ侵攻に対し、日本はロシアへ経済制裁を課し、政治・文化交流も冷え切った状態。
日本と北朝鮮・ロシアは経済・産業構造面から見ると「補完関係」にあり、互いに交流すれば、双方にメリットがあり、経済発展する可能性は大きい。観光でも日本海をクルーズ船で、日本・朝鮮・ロシア(シベリア)と巡航すれば、文化や景観が異なり、魅力的な観光コースとなるのは間違いない。日本海を日露・日朝の定期船が行き交い、ヒト、物の交流が活発化すれば、日本の日本海沿岸、朝鮮半島東岸、ロシアの沿海州(プリモーリエ)地方で構成する「環日本海経済圏」は世界有数の成長地域となる。
日本は第2次大戦後、太平洋ベルト地帯を中心に経済、産業が発展、特に東京が中核の首都圏へ人口が集中した。それに対して日本海側を始め、地方は産業立地は低調で、人口は減少、過疎化が進行した。環日本海経済圏が繁栄し、日本の日本海沿岸の経済が活性化、人口減少に歯止めが掛かれば、日本の「均衡ある発展」に繋がる。更に日本海岸は太平洋岸に比べ、「大規模地震のリスク」が小さ。日本の経済・産業や人口を少しでも日本海側ヘシフト出来れば、「震災被害の減少」対策にもなる。
こうした構造変化は時間がかかり、実現性は乏しいと思われるが、それに取り組まない限り、日本の抜本的な「構造改革による再生」はない。
日本は政府だけでなく、国民も北朝鮮はもちろん韓国に対して、「どれだけ真摯に向き合って来たか」疑わしい。相手が「反日」だからこちらも「反韓・反北朝鮮」という状況があったかも知れないが、日本人には根強い「嫌韓」感情があり、それが半島との付き合いは避ける「避韓」、或いは突き放し、排除する「排韓」に繋がってきたフシもある。
しかし、これまでの歴史を振り返っても、これからの未来を展望しても、日本は朝鮮半島、そしてロシアとも向き合って行かなければならない「宿縁」がある。
韓国に尹大統領が登場、日韓関係がようやく好転する一方、北朝鮮とロシアの「軍事同盟」の強化で、極東の軍拡競争は益々エスカレなートする雲行き。「ロ朝と日韓の対立」に「中国と米国の対決」が重なる。これでは「自由で開かれた日本海」は実現しない。そうなれば極東の「平和と繁栄」も遠のく。お互いに「抑止力」を理由にした「軍拡」にはもう「歯止め」を掛け、首脳会談を活発化、経済・文化交流に力を入れるべきだ。
ユーラシア大陸の西端の西欧に比べ、東端の極東は各国間のコミュニケーションが乏しい。それは「1党独裁の中国」、「世襲専制で閉鎖国家の北朝鮮」の存在が大きいが、「日本の外交」も、米国一辺倒で、朝鮮半島問題を軽視、中国に対しても自民党で「親中派が肩身の狭い思い」をする対応をして来た。
第2次大戦後の新秩序が破綻、世界で今だ戦争状態が続いているのは、「イスラエル・パレスチナ地域と朝鮮半島」。この2つの「世界の火薬庫」が解消しない限り、「世界の戦後」は終わらない。ところが「西の火薬庫」に、また火が入った。そうした状況で「東の火薬庫」の着火は絶対に避けなければならない。
朝鮮半島問題は極東の環日本海経済圏に限った問題ではない。世界全体のリスクに関わる「火薬庫」でもある。日本は朝鮮半島を軽視することなく、その問題解決、関係改善に腰を据えて「挑戦」しなければならない。(敬称略)
2023・10・16
上田 克己
プロフィール
上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞
第33回『知りたい「シリア内戦」の実像~もう一つの「プーチンの戦争」の行方』