第35回『「国なき民」の「果てなき戦い」~イスラエル・ハマス紛争に続く世界の火薬庫の火種』

「国なき民」の「果てなき戦い」~イスラエル・ハマス紛争に続く世界の火薬庫の火種

イスラエルとパレスチナの武装組織、ハマスの紛争は「またか」のやるせない思いを世界に与えた。紛争の原因は突き詰めれば「領土」を巡る争い。世界には今なお祖国を失った民族「国なき民」が少なくない。それらが大国の戦略に利用されたり、地政学的変化に翻弄され、国際的な紛争の当事者となる。「国なき民」が「安住の地」を得て周辺国に認知され、「共存する」まで、世界の「紛争の火種」は消えない。

僕は8年ほど前に元駐日イスラエル大使のエリ・コーヘンさんと知り合った。彼は「モーゼの兄で祭司のアロンの子孫」という。モーゼに導かれた「出エジプト」以来、パレスチナに住んでいた一族は紀元前6世紀末にバビロン王国の侵攻(バビロンの捕囚)を受け、西へ逃れ、チュニジアのジェルバ島へ渡る。そして2500年もの歳月を経て、コーヘンさんの父母は始祖の地へ帰還。コーヘンさんはイスラエル建国の翌年(1949年)、エルサレムで産まれた。

コーヘン家ほど「長い不在」ではないが、イスラエルの多くのユダヤ人の先祖は紀元前66年の「ローマ帝国のパレスチナ占領」で、始祖の地を追われた。それから約2000年、様々な苦難、中でも直近ではヒットラー率いるナチスによる「ホロコーストによる民族絶滅の危機」(600万人のジェノサイド)に遭遇、ようやく「約束の地」へ戻った(カナン移住)。それだけにイスラエル国民の領土への執着、防衛意識は強い。

一方、パレスチナのアラブ人もローマ帝国の占領時代から2000年近く住み着いて来た。第1次大戦中はパレスチナのアラブ人は「アラビアのロレンス」が活躍する英国と協力、ユダヤ人世界も金融資本のロスチャイルドなどが英国を支援し、パレスチナからオスマントルコを排除した。そしてパレスチナは「英国の委任統治領」となった。

第2次大戦後、英領パレスチナでは英国の「2枚舌外交」が表面化。英国はパレスチナ地域で「ユダヤ人国家の建設」(バルフォア宣言)と「アラブ人の独立」(フサイン・マクマホン協定)という「両立が難しい約束」をしていた。結局、国連の裁定によってパレスチナは「ユダヤ人国家のイスラエル」と「アラブ人の自治区」による「分割統治」となった。

ただ、イスラエルの領地が55%と広く、移住して来たユダヤ人に追われて大量のアラブ人が周辺国へ逃れた(パレスチナ難民)。アラブ人の不満が爆発、第1次中東戦争が勃発したが、イスラエルが勝利し、占領地は更に拡大、パレスチナ難民は70万人に上った。以来、ユダヤ人とアラブ人の対立、紛争は続いて来た。

今年は「イスラエル建国75年」、「第4次中東戦争から50年」、イスラエルとパレスチナの和平・共存を目指した「オスロ合意から30年」の節目の年。2020年のイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)との「国交正常化」を契機に、中東・アフリカのアラブ諸国にも関係改善の動きが広がった。

ユダヤとアラブの両民族は父祖は同じ「アブラハム」。イスラエルとUAEの国交正常化を仲介した米国の将軍は「アブラハム合意」と命名した。「ルーツは同じ。近親憎悪を解消して仲良く」の想いを込めたようだ。この流れに「アラブの盟主」を自認するサウジアラビアも加わる情勢となって来た。

今年の9月29日、僕はビジネスで来日していたコーヘンさんとホテル・ニューオータニでランチをし、「中東にもようやく和平の気運が高まってきましたね」と申し上げた。その1週間後にハマスのイスラエル領侵入、キブツ襲撃、人質連行の「大規模テロ」が発生、中東の和平ムードは吹っ飛んだ。そしてイスラエルによるハマスが実効支配するガザ地区への「報復攻撃」が始まった。

イスラエル・ハマスの戦争が始まって2ヶ月が過ぎた12月13日現在、民間人を含めた死者数はイスラエルが約1400人に対しハマスのパレスチナ側は約1万8000人超。イスラエルの報復は「10倍返し」を超える。ハマスはイスラエルの「即座の報復」をこれまでの経験から「計算済み、覚悟の上」だったと思われる。それでも「中東の和平」が「パレスチナ難民問題を置き去り」にしたまま進もうとしているのを恐れたようだ。 イスラエルのネタニヤフ首相は「ハマス殲滅」を宣言し、圧倒的に強い軍事力を背景に「過剰報復」に走っている。

しかし、「ユダヤ人のイスラエル」と「アラブ人のパレスチナ」との争いは「武力・暴力では解決しない」ことを双方は歴史から学んで来たはず。パレスチナは嘗て「乳と密の流れる地」(旧約聖書)と讃えられた。そこを「大量の血を流し、汚す」ことは許されない。ユダヤ人とアラブ人は「アブラハムの時代」に立ち返り、「共存の道」を探る以外に両民族が「安住出来る国」は得られない。

パレスチナのアラブ人を上回る「国なき民」がクルド人。その数は3000万〜4000万人と推定され、「国家を持たない世界最大の民族」と言われる。主な居住地域はトルコ東部、イラク北部、イラン西部、シリア北部などへ跨る「クルディスタン(クルドの土地)」地域。その存在も「パレスチナ」と並ぶ中東の不安定要因になっている。

クルド人はイラク紛争やシリア内戦では米軍などと協力、「IS(イスラム国)掃討」に貢献した。その結果、40万人超の難民が発生したが、イラクに自治区を築けている。ただ「シリアの代償」は得ていないとの見方もあり、「自治権強化・独立」を求めるクルド陣営に不満が高まっている。

それ以上に問題は、最もクルド人が多いトルコ。エルドアン政権がクルド語禁止など強引な「同化・統合策」を推進、それに抵抗するクルド人組織「クルディスタン労働者党(PKK) 」との紛争が続いている。

トルコなどから日本へ逃れて来たクルド人は約2000人と推定される。彼らが直面する厳しい日常を描いた映画「マイスモールランド」を観ると、「国なき民の悲哀」は身につまされる。日本はトルコ政府を慮ってか、彼らを一人として「難民認定しない」。このため父親が強制送還され、残された子供達は学校に行けず、アルバイトも出来ず困窮する。日本の国内で起きている「悲劇」だ。

エルドアン大統領は国内のPKKに対し、圧力を強める一方、イラク、シリアなどのクルド人組織への「越境攻撃」にも踏み切っている。

しかし、その効果は限定的。中東の山岳地帯に居住するクルド人はいくらトルコ軍が度重なる激しい攻撃を加えても「また、来るど(クルド)」と懲りずにトルコ領内での反抗を繰り返している。トルコが武力でPKKを抑え込むのは不可能に近いだろう。

この状況はイスラエルとハマスの紛争にも共通している。イスラエルがハマスの戦闘員やリーダーをいくら殺傷しても、アラブ人の恨みは増す(ハマス)ばかり。一時的にハマスの戦闘力は減少、低下しても、イスラエルへ向って「石を投げるアラブの少年」は増す(ハマス)一方だろう。

「国なき民」は当然、「自民族の独立・建国」を目指す。日本を含め何処の国でも大なり小なり抱えている問題だが、広大な領土に多民族が存在する中国とロシアは「国なき民」の数が多く、切実な政治課題となって来た。
中国には50を超える少数民族が住むが、共産党政権が確立した1950年代はチベット族、最近ではウイグル族との関係に問題が生じている。

チベットと言えば、僕は小学生時代に世界旅行のグラビア誌で「ラッサのポタラ宮殿」を観て、その幻想的な威容に魅せられた。以来、その主のダライ・ラマ14世に関心を寄せて来た。

1949年の中国人民解放軍のチベット侵攻後、56年には中国の統治に反抗するチベット人の「動乱が勃発」した。中国軍の攻勢に追われ、チベットの政教合一の元首だったダライ・ラマは59年にインド北部のダラムサラへ逃れ、「亡命政府(ガンデンポタン=17世紀以来のチベット国の正式名称)」を樹立した。以来、ダライ・ラマは「国なき民」となった10数万人のチベット難民と共に中国に対し「独立を求めるのではなく、高度の自治を求めて」平和的な抵抗活動を続けた。亡命生活30年目の89年にノーベル平和賞を受賞、「世界一有名な難民」と呼ばれている。

ダライ・ラマは来年で亡命65年、89歳を迎える。チベット仏教は「輪廻転生」、「命あるモノは何度でも生まれ変わる」との教義からダライ・ラマの後継者は死後、「転生霊童」を探し出し、認定する。ダライ・ラマ14世も、13世の死後、4歳で生れ変りの「霊童」と認定された。

しかし、ダライ・ラマ14世は「亡命の身」でもあり、予て「(後継は)死後ではなく存命中に高僧が選ぶ」方式ヘの転換を示唆している。これに対して中国は「後継のダライ・ラマは中国が認定する」との規則を定め、「後継選定に介入する」方針を決めている。この動きが具体化すれば、チベット人の「反中国感情」に火が点き「動乱が転生」しかねない。それは燻り続けている「ウイグル族の独立運動」を勢い付ける恐れもある。ここ一両年の習近平のチベット政策が注目される。

中国以上に連邦内に「民族独立」の胎動を抱え、「国なき民」を産み出し続けているのがロシア。ロシアは世界の陸地の8分の1の広大な領土を持ち、居住する民族は200近くに上る。1988年から91年にかけての「ソヴィエト連邦の崩壊」でロシアを除き14の国が独立した。

それでもロシア連邦は47の州、21の共和国の他、地方、自治区など合計84の自治体で構成されている。ロシア問題の専門家は「これら自治体のうち半分近くに独立の希望がある」と分析している。そうした状況にも関わらず、プーチンはウクライナからクリミア半島を奪い、更に東部2州を共和国として一方的に独立宣言し、ロシア連邦へ組み込んだ。

もしロシアが「ウクライナとの戦いに敗ける」事態になれば、これらの自治体・国が「ロシア連邦から独立する可能性がある」と専門家は観ている。プーチンが「ウクライナ戦争に敗けられない」所以だ。

プーチンが「ソ連邦の復活」「大ロシアヘの回帰」というアナクロニズムに取りつかれ、拡大政策を突き進めている限り、世界に「戦火は消えず」、「国なき民」は増え続けるだろう。イスラエルのユダヤ人約700万人超のうち約400万人はソ連・ロシアからの脱出者。

プーチンはウクライナを「ネオ・ナチ」呼ばわりするが、これまで「スターリンのソ連」と「プーチンのロシア」がユダヤ人だけでなく、連邦内の異民族をどれだけ「差別・迫害」し、国外へ追い出したか、胸に手を当てて思い出して欲しい。そうして生じた「国なき民」が辿り着いた先で摩擦を起こし、その地域は「火薬庫」となり、救われない「争いの連鎖」が続く。

中東も中国もロシアも歴史的に多民族・多宗教・多文化が形成された地域。そこでは強者・多数派が「地域の多様性を尊重し、弱者・少数派と共存する寛容さ」を示さなければ、地域の「平和と安定」は得られないだろう。「武力や暴力による支配や規制」は地域の「混乱と衰退」を招くだけである。(敬称略)

2023・12・14
上田 克己

プロフィール

上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞