[対談] 肺がん、大部分は治せる病気

現在日本人の中で最も多いがんが肺がんである。肺の細胞の遺伝子の異常でがん細胞が生まれること、その原因の代表が喫煙と受動喫煙であることなどが明らかになっている。検診方法が進歩して早期発見が可能になり、さらに治療法が進歩したことで以前よりも治療成績が向上し、治る病気になっている。手術からの復帰は短期間であり、その後に後遺症はほとんど無い。今回は肺がんの専門家である加藤先生に伺った。

治る肺がんと治り難い肺がんの境界はどこか

加藤治文先生
加藤治文先生

高崎 肺がん患者が増えていると言われていますが、どのくらい増えているのですか。

加藤 確かに増加傾向にあります。厚生労働省が3年ごとに実施している「患者調査」の平成26年調査では「気管、気管支及び肺の悪性新生物」の総患者数は14万6000人で、前回の調査よりも8000人の増加となりました。性別では男性が9万人、女性が5万7000人で昔からそうですが、男性が増えています。

高崎 早期がんという概念は肺がん診療の中から出てきた話だと伺っています。早期がんの時期での発見は自発的に検診に出向くとか本人の努力に負うところが大きいので、見つかった時のことを怖がってなかなか検査に行かないうちに進行がんで見つかる患者さんも多いのではないかと思います。「このくらいで見つかれば完治できる」という目安はあるのですか。

加藤 早期がんほど治癒しやすいというのはその通りですが、治癒しやすい早期肺がんの基準は我が国で世界に先駆けて作られました。国際的には何かと聞かれると、時代とともに変化しています。1975年に厚生省(現、厚生労働省)が組織した専門家による研究班では「腫瘍の大きさが2cm以下でリンパ節転移がない、または気管支のがんでリンパ節転移がないがんは早期がんである」と決めました。しかし世界は、手術ができるかできないかが早期がんかどうかの目安になっています。

世界保健機関(WHO)は3cm以下をI期と決めています。I期で転移もないとなれば、手術するだけで80%が治癒します。2cm以下なら90%以上治ります。

高崎 3cmが一つの目安ですね。

加藤 3cm以下ならば80%が治ります。しかし20%は再発します。ですから、我々治療する側から見れば、この20%の患者さんも一人でも多く救いたいと研究しているわけです。

高崎 肺がんにも病理型がいくつかありますが、これは予後と関係しますか。

加藤 それは多いに関係します。やや難しい話になりますが、病理組織学的には、肺がんは腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、小細胞がんの4種類に分かれます。本当はもっと細分化できますが、とりあえず4種類に分けることが一般的です。このなかで小細胞がんは他と性質が異なりますので、他の3種類とは別に取り扱い、小細胞がんと非小細胞がんとに分けて治療法を考えます。以前は喫煙による、扁平上皮がんが最も多く、腺がんは少なかったのですが、しかし喫煙習慣の減少に伴い扁平上皮がんが減少し、腺がんが増加しました。そのため今では以前と逆転し、腺がんが最も多い肺がんとなっています。小細胞肺がんは肺がんの15%くらいですが、2cm程度でも進行が早く、手術よりも化学療法を優先します。残念なことに有効な分子標的治療薬がまだありません。ただ、非常に早期に見つかり、患者の状態も良好である場合は手術を行うことがあります。

高崎 肺がん治療法の選択についてはどうですか。

加藤 非小細胞肺がんではIA期は手術だけで済みます。IB、ⅡA、ⅡB期では手術と術後薬物療法を行います、さらに進行してⅢA期では、さらに放射線治療と薬物療法を追加します。ⅢB期は放射線療法、薬物療法や分子標的治療を組み合わせます。Ⅳ期では薬物療法が中心です。一方の小細胞肺がんでは、比較的早期の限局型の段階では放射線照射と薬物療法を行います。「進展型」に移行した場合は薬物療法中心の治療です。いずれにせよ、各ステージによって有効性が検証された治療法が行われます。

高崎 いわゆる早期とされるⅠA期を超えて進行しているがんについてはいろいろの治療法を組み合わせた総合的治療が必要ということですね。

肺がんの治療というとどのくらいの期間がかかるのですか。

加藤 ステージや患者さんの全身状態や年齢により異なりますが、入院期間などは以前よりも短くなっていることは確かです。標準的な手術後の入院期間は10日~2週間程度です。比較的早い時期のがんでは、内視鏡手術が行われることが多くなっていますので、術後の呼吸器系の後遺症等はほとんどありません。術後に化学療法を行う場合も、現在は通院で行われますので短時間でもとの職場復帰が可能です。

高崎 肺がんに限らず、早期に発見できれば患者へのメリットは高いということが分かりました。一方で、どのように肺がんを予防していくのか?これが問題になると思います。

加藤 まったくその通りです。予防の第一に挙げられるのは禁煙です。喫煙の煙の中には様々な発がん物質が存在していることが明らかになってきました。普通の煙の中には、タール由来の発がん物質であるベンツピレンやアントラセンなどの強力な発がん物質が含まれています。またアスベストやPM2.5の被曝を避けることも大切です。

タバコの真の怖さは何か?

髙崎健先生
髙崎健先生

高崎 喫煙が肺がんの原因とされていますが、どのくらい影響があるのですか。

加藤 タバコの煙には200種類以上の有害物質が含まれており、タールやベンツピレン、アントラセンなど50種類の発がん物質が含まれています。タバコの煙には吸う人が直接吸い込む「主流煙」(第一次喫煙)と火がついた先から上る「副流煙」があります。

実は主流煙に含まれる有害物質は500℃から1000℃という温度によりかなりが分解されてしまいます。しかし副流煙は主流煙に比べ、ニコチンが2.8倍、タールが3.4倍、一酸化炭素が4.7倍も含まれています。喫煙者の周囲にいる非喫煙者が自分の意思に関係なく副流煙を吸い込んでしまうことを受動喫煙(第二次喫煙)といいますが、これが大きな問題になっています。受動喫煙にさらされた人ではそうではない人に比べ、がんのほかに脳卒中や心筋梗塞、呼吸器疾患も増えます。

さらに喫煙者がはき出した呼気に含まれる有害物質や副流煙がシャツや衣類、家の壁、床(特に絨毯)やカーテン、ソファー、車のシートに付着し、これを幼児が吸い込むことによって重大な障害が生じる第三次喫煙も問題になっています。米国ダナファーバーがん研究所の研究者たちが、2010年に提唱したものです。煙に含まれていたニコチンが大気中の亜硝酸と反応してニトロソアミンという発がん物質を作るからです。こうした残留したタバコの有害物質が健康への害を持続させる三次喫煙もクローズアップされています。三次喫煙による害としては子供の知能障害を引き起こす可能性が指摘されていますから、決して放置出来る問題ではありません。

高崎 タバコの害が二次、三次とつながるということです。予想以上に酷い害ですね。

加藤 タバコの煙の害を法的に位置づけて、規制していくことが必要だと思いますね。しかも肺がんはタバコだけではなく環境から吸入される有害物質も原因になります。喫煙者がアスベストを吸引すると非喫煙者に比べ発がん率が45倍になるという報告もあるくらいです。

肺がんの手術の適応と年齢の関係

高崎 一般に高齢者は若年者に比べて手術の適応を慎重になる傾向があります。肺がんではどうですか。

加藤 以前は手術をするかどうか、積極的に強い薬剤を使うかどうかは年齢と一般状態で決めてしまうことが多かったのですが、最近は「暦の上の年齢よりも実際の全身状態に重きを置いて治療方針を決める傾向が強くなっています。とはいえ、75歳を目安に薬の数を減らすとかそのような配慮が取られるケースが多いです。また高齢患者の治療に関する臨床研究もまだまだ不足しています。これが現在の肺がん治療の大きな課題です。

検診が最良の治療

高崎 3cmまでに見つかれば意義が大きいということが分かりました。そうすると検診の意義は大きいですね。

加藤 その通りです。他のがんに比べ、通常の胸部レントゲンで効果的な検診を行うことができることはほかのがんに比べメリットは大きいはずです。しかし受診率が上がらないことが問題ですね。特に都市部の受診率が低い。働き盛りこそ、受診してほしいと思いますね。

高崎 CTで検査を行う方法はどうですか。

加藤 胸部X線検査では観察しにくい部位に発生したがんや微小ながんの発見に有効です。放射線被曝を減らすために通常のCT検査よりも低線量で行います。肺炎や肺がんが存在する場合に起こる陰影の発見には十分な威力を発揮します。特に日本では「すりガラス陰影」(GGO)の発見に熱心です。これは1cm以下の肺がんである場合が多いのですが、手術で取り切ることができます。

進行した場合の対応

高崎 早期に見つかれば手術によって治癒までもちこむことが可能というお話ですが進行した場合にはどうですか。

加藤 ステージⅠでも3cmを超えると治癒率は80%に低下します。つまり20%が再発します。これを減らすために、手術の後に放射線照射や薬物療法を組み合わせます。術後薬物療法では副作用が少ないことが大切です。そこで、古くからある薬ですがUFTが再評価されています。UFTを服用することで再発率が低下することが明かになっています。これらは仕事をしながら外来通院で行われています。

ステージⅡやⅢになると弱い薬では結果が出ないので、シスプラチン+パクリタキセル、もしくはS-1という薬剤を使うことになります。

高崎 S-1は我々消化器の分野でもよく使います。胃がんや大腸がんの術後補助療法でも多く使用されています。術後の転移や再発を減らす補助療法については、外科医が積極的にコミットすることが大切だと思います。近年は手術が終わったら内科医(メディカルオンコロジスト)に引き渡すことが推奨されていますが、手術をした医師がその後のフォローまで行うことの重要性はあると思うのですが、加藤先生はどう思いますか。

加藤 外科医は手術を行うだけではなく、治療全般に関わる必要があると思います。術後の薬物療法は外科医が中心になって行ってきた経緯があります。ですから先生の意見には賛成です。進行肺がんでは遺伝子検査を行って患者と治療薬をマッチさせる医療の重要性を増していますから外科医と内科医双方の協力が必要になっています。

薬で小さくなれば手術ができるか

高崎 最近、消化器がんでは進行して手術ができないと判断されたがんでも、縮小すれば手術ができるのではないかと考えられるようになってきました。肺がんではどうですか。

加藤 肺がんでも検討したことがありますが、症例数が少ないので有効性の評価は容易ではありません。日本はできるかぎり早期の小さい段階で発見して、手術で切除という方針でやってきました。検診が行われていなかった欧米ではがんが大きくなって見つかることが多く、薬物療法後の手術が日本よりも行いやすいかも知れませんが、症例数が少なく十分な検討ができていない状況にあります。

肺がんの薬物療法は効いているか

高崎 肺がんでは多数の新しい薬が出ているようですがよく効いているのですか。

加藤 主に肺腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんが含まれる非小細胞肺がん(全体の85%)で2000年代になってから分子標的治療薬の導入が進み、ステージⅢやⅣという進行したがんの予後が改善しています。

分子標的治療薬の特徴は、がん細胞の遺伝子を分析して、がん化の原因になっている遺伝子を特定し、その働きをブロックする治療薬を使うというもので、その方法が確立しつつあります。乳がんなどでもこうした方法で薬物の選択が行われていますが、肺がんが最も進んでいます。

しかし問題が2つあります。1つは遺伝子を解析しても標的が見つからないあるいは標的が見つかってもそれに効く薬がないということもあります。もう1つはせっかく効く薬が見つかっても使用してから1年程度でその薬の効果が落ちてしまうことです。しかしこのような薬剤耐性に対する新薬の開発は世界中でどんどん進んでいますから、そうした問題も徐々に小さくなっていくと期待します。

高崎 最近は有効な免疫療法薬が登場しています。

加藤 免疫チェックポイント阻害薬ですね。悪性黒色腫という皮膚がんと非小細胞肺がんで承認されて使われています。この薬剤は、患者さんの免疫力を利用する薬剤で、非常に進行したがん患者さんの中でも長期生存例が出てきて注目されています。問題は、効く患者さんが2割程度と低いこと、効くか効かないかが投与前に分からないことです。さらに強化された免疫が自分の臓器にも悪影響を及ぼして、リウマチのような病気や糖尿病などを引き起こす例もあるので、いつでもどこでも使える薬というわけにはいきません。

しかし、画期的な薬剤であることは確かで、今後研究が進めば、より効果が高く、使いやすい薬剤になっていくことは確実です。世界のがん研究も現在、免疫チェックポイント阻害薬の研究が主流です。

高崎 患者さんが持つ免疫力を利用するということですね。言い換えればがんを攻撃する免疫細胞であるTリンパ球ががんをきちんとたたいてくれるように環境を整えることが免疫チェックポイント阻害薬の役割ですね。となるとT細胞の数が大切ですね。

これまでも抗がん薬を使用する場合、白血球の減少に注意してきました。好中球が減ると感染症になりやすくなるからですが、免疫チェックポイント阻害薬の効果を考えるとTリンパ球の減少も大きな問題です。Tリンパ球も白血球ですから抗がん薬で減少します。免疫チェックポイント阻害薬の登場は患者さんの免疫力を維持することの重要性を物語っているともいえます。その観点からも薬物療法を見直す必要がありそうですね。

加藤 その通りです。がん細胞を殺そうとしていた薬剤がTリンパ球にも悪影響を及ぼしていたかもしれません。その点は重要な視点ですね。

肺がん医療の進歩と課題

高崎 本日は日本の肺がん医療を牽引してきた加藤先生にいろいろと教えていただきました。肺がんは3cm程度までならほぼ完全に治せる病気である。肺がんの検診によって3cm程度で見つけることは難しくないので、欧米よりも普及している検診という機会を利用することが大切であることが分かりました。国民の皆さんの協力で検診の受診率を上げる事が最も有効な治療法である。また喫煙の害が二次、三次と及ぶことは大きな驚きでした。喫煙が本人だけではなく、周辺さらに環境の汚染を介して健康被害をもたらしていることはもっと喧伝されるべきだと思いました。2000年に入って登場した分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬は肺がんを先駆けにほかのがん医療にも広がっています。こうした画期的な薬剤の効果を十分に活用するためには、これまでの治療のやり方について見直すべきところは見直していくべきだと感じました。加藤先生、本日はありがとうございました。

加藤 ありがとうございました。

プロフィール

加藤治文(かとう・はるぶみ)先生 1942年岐阜県出身。1969年に東京医科大学を卒業、1974年にスウェーデンのカロリンスカ研究所に留学。帰国後の1988年に東京医科大学外科第一講座助教授、1990年に同主任教授に就任。1991年に東京医科大学病院副院長。2000年に国際肺癌学会会長、2001年に日本呼吸器外科学会総会会長、2003年日本肺癌学会総会会長などの要職を歴任。現在は国際医療福祉大学大学院教授、東京医科大学名誉教授、新座志木中央総合病院名誉院長。

高崎 健(たかさき・けん)先生 1967年千葉大学医学部卒業。94年東京女子医科大学消化器病センター主任教授。06年同名誉教授。08年に牛久愛和総合病院院長に就任、15年に同名誉院長。主として消化器がんの診療に関わり、肝胆膵外科領域で種々の新しい術式、治療法の開発を進めてきた。現在日本医療学会理事長として真に国民のためになる医療の実現のための活動を続ける。また国際医療交流促進活動にも力を注いでいる。