アドバンス・ケア・プランニング 終末期医療の遺族とのトラブル回避に必要なこと
終末期医療をめぐり患者の死後、医療側と遺族側との間でトラブルが生じる場合がある。ポイントは“患者の意思はどうであったか”だが、生前の患者の自己決定権を尊重する方法としてアドバンス・ケア・プランニング(ACP)が提唱されている。今後、終末期医療のトラブルを回避するためにもACPの重要性が増すと予想される。この問題に詳しい弁護士の福田直之先生に解説いただいた。
終末期に行われた医療行為をめぐって、医療機関と遺された患者さん家族との間でトラブルになる事例は少なくありません。患者さんの死亡後のトラブルの多くは、「虐待が行われたのではないか」「個人情報の遺漏があったのではないか」などの遺族側の疑念によるものであり、日常的な接遇へのクレームの延長で紛争化している事例もあります。終末期医療に関するトラブルはそれらに比べ少ないのですが、それでも「十分な医療が提供されていたのか」「適切な延命治療が行われていたのか」というトラブルも発生しています。
紛争予防手段としてのアドバンス・ケア・プランニング
終末期医療を巡ってトラブルを考える場合は生前、患者さんの自己決定権を尊重した医療が行われていたのかどうかがポイントになります。そのために大きな意味を持ってくるのが終末期医療の現場などで導入が試みられているアドバンス・ケア・プランニング(ACP)です。これはやがて訪れる終末期に患者さん自身がどのような医療を望んでいるかを医療者が患者さんとの面談を通じて明らかにし、その結果を医療や介護スタッフや家族などと共有するプロセスです。
ACPは、医療契約という準委任契約の中で行われる活動ではありますが、それ自体が個別的な契約関係の拘束を生むものではありません。患者さんの死後にトラブルになったり、法的な紛争に発展する両者にとってマイナスと呼べる事態を回避するために有力な方法ではあると考えています。
「話す」、「残す」、「伝える」、「見直す」を繰り返す
ACPの実施に際しては、「話す」「残す」「伝える」「見直す」という4つのプロセスを繰り返し行うことが重要であると考えています(表)。自己決定権を尊重するという最重要価値判断のもと、その周辺家族なども交えて繰り返し行うことで、より良い生を送り死に向かっていくというプロセスを踏むことができ、プロセス自体に納得感が生まれ、その結果紛争の予防につながると考えています。
実行する上での留意点としては、前述の4つのプロセスを繰り返し励行することが望まれます。まずは「話す」という土壌を作ることが重要であり、これができれば5割以上の成功が確約されたと見ることもできます。しかし、実際に話した内容を実行する時点では患者さんは明確な意思表示ができないわけですから、しっかりと記録に残すことが重要です。また、意思は時間や状況の変化とともに変容するものであることも考慮し、しっかり形あるもので残し、広く共有し、見直していくということが大切です。
繰り返すことが大切ですから、結論を急ぎ過ぎないことが大切です。往々にして、患者さんは周囲の様子を窺いながら意思表明することがあり、それが自己の意思に反した迎合的なものになる危険性があります。家族の方も医療者の意見に従う、判断を委ねるという傾向になりがちですが、医療者側はよりオープンな聞き方で話ができるように工夫する必要があります。
さらに、話し合いの中で法的な側面で複雑になってくる事案もあります。そういう場合は医療者のみならず、弁護士など第三者専門職を交えて話しをすることが有効なケースもあります。
「遠くの家族」の存在にも配慮する
ACPを十分に行ったとしてもトラブルに発展するケースがあります。しばしば見られるのが、熱心に看病や介護、話し合いに参加したいわゆるキーパーソン家族ではなく、遠方に住むご家族がやって来て、疑問をもたれてトラブル化するという事態です。患者とキーパーソン家族との間、あるいはキーパーソン家族とほかの家族との間で意思が必ずしも一致しないことが原因です。
希なケースですが、キーパーソンのご家族が経鼻経管栄養の点滴速度を速めたところ、患者さんの容体が悪化。しかも「延命措置を行わない」という意向をキーパーソン家族から集約し、高度な延命措置を講じず、そのまま死亡したというケースで、他の家族がキーパーソン家族と病院を訴えたという事案があります(東京地裁平成28年11月17日判決、請求棄却、控訴中)。この紛争では、裁判所は「終末期医療をめぐるガイドライン」(http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20070822_1.pdf)を規範として患者さんが明確な意思表示ができずその確認ができていなかったことから、キーパーソン家族を通じて意向を集約し判断して病院が対応したことには違法性がないと判断されています。
このケースが意味するように、裁判所はガイドラインを法令と同レベルの重さがあると考える傾向が強いです。一方で、ガイドラインに従っていたとしても紛争化する事例があることをも示しているともいえます。たとえ裁判に勝ったとしても患者ないしご家族との紛争に医療機関が巻き込まれてしまうことは双方にとってマイナスにほかなりません。重要なのは、ガイドラインを遵守して励行するだけでは不十分であり、医療者、患者、家族との間でより大きな枠組みで平素の信頼関係の構築が必要であるということです。その取り組みの1つがACPであると言うことができます。
地域ぐるみでジレンマの克服を目指す
このような取り組みを1つの医療機関だけではなく、地域ぐるみで行っている例もあります。札幌市にも豊平区の社会医療法人恵和会・西岡病院を起点に活動している「とよひら・りんく」があります。地域の病院、診療所、介護施設が定期的に集まって成功例や失敗例を共有し、より深い取り組みを目指して活動しています。
生前、患者さんと議論を重ねて意思を確認しても、患者本人とご家族間で食い違いがあったり、相続人間の確執から友好的だった関係が突如、紛争化してしまうこともあります。そのようなジレンマ解消に向けた取り組みは、個々の医療機関のみならず、地域で連携しながら構築していくことが今後ますます大切なものになると思っています。(談)
福田直之(ふくだ・なおゆき)先生
弁護士、札幌弁護士会所属。2001年に北海道大学法学部卒業。銀行勤務を経て、07年に弁護士登録。北海道社会福祉協議会理事。医療法人、社会福祉法人の顧問、監事等を多く務めているほか、損害保険会社の顧問なども務め、医療、介護、福祉、高齢者の問題などに積極的に取り組んでいる。