第41回『2025年の日本のリスク〜我々は何に備えなければならないか』

2025年の日本のリスク〜我々は何に備えなければならないか
2025年も余すところ2週間足らずとなった。ダジャリストは今春、現下の「世界のリスク」として3大国のリーダー、「PTX(プーチン、トランプ、習近平)の存在」を挙げた。残念ながらこの懸念は的中、PTXによって2025年の世界は混迷を深め、不安定さを増している。
足下の「日本のリスク」も「PTX」の影響は避けられないが、それよりも「自然災害の発生」を「最大のリスク」として警戒し、備えるべきだろう。
今年は昭和だと100年目に当たり、第2次大戦(太平洋戦争)の敗戦から80年の節目の年である。「昭和100年」と「戦後80年」の決定的な違いは「戦争の有無」。この100年の日本の災禍による「死傷者や家屋・社会インフラ損壊」の最も大きな原因は「戦争」。原爆が2発投下されるなど被災の規模、実態は世界史上でも例がなく甚大、苛烈で、日本は「戦争が最大のリスク」と言える。
昭和19年(1944年)生まれで、ほぼ「戦後」を生きて来たダジャリストは幸いにも「戦争の記憶」は無い。それでも「戦争に次ぐリスク」の地震などの「自然災害」には遭遇、惨状を目撃して来た。
節目の2025年が過ぎ去るに当たり、これまでの100年を振り返り、検証し、これからの「日本のリスク対策」を考えた。答えは自ずと明確で、「戦争をしない」と「自然災害に備える」の2点に尽きる。
今年は阪神大震災から30年でもある。1995年の1月17日早朝、ダジャリストは大阪に単身赴任していて「東京でも経験しなかった激しい揺れ」を体感した。以来、当時の職場仲間と毎年1月中旬に関西に集い、追悼の「震災会」を開いて来た。今年は30周年でもあり、神戸市役所側の東遊園地で行われた「阪神・淡路大震災1・17のつどい」に参加した。
阪神大震災は奇しくも「戦後50年、半世紀の平和・平穏」を享受して来た日本を突然、襲った。日本の観測史上初の震度7の「激震」がもたらしたのは「何だっのか」、改めて考えた。
阪神大震災の特色を3点に絞ると、第1は「活断層地震」だろう。「活断層の存在と危険性」は、それまでも専門家の間では指摘されていたが、一般市民レベルでは知られていなかった。阪神大震災を契機に活断層が注目され、調査が進んだ。その結果、日本には2,000以上の活断層があり、「日本に地震の安全地帯は無い」との実態が明らかになった。
それにもかかわらず、21年後の「熊本地震」では発生するまで「地震は無い」との認識が自治体や住民に浸透していた。このため「住宅の耐震強化・家具の固定化」などの対策は手薄で、被害を大きくした。
東京、大阪はもちろん神戸でも「超高層のオフィスビルやマンションの建設」が目立って来た。高層ビル自体の耐震性が心配だが、「個々の入居者の地震対策」がどの程度出来ているかがより気掛かりだ。「災害は忘れた頃にやって来る」。忘れてなくても「懲りない」政府、自治体、国民意識が「大きな被害」を繰り返す。
第2に「阪神」は神戸市を中心とした「大都市直下型地震」だった。住宅倒壊による圧死者や商店・中小事業者密集地帯の火事による被災者が多数発生した。
忘れられない光景は、市街地を走る高速道路の倒壊と、広域火災が発生した長田区で焼け残り、延焼を止めていたガソリン・スタンドの存在。
阪神大震災は350万人超の人口密集地帯を直撃した。発生時間が経済活動が本格的に始まる「午前6時の14分前」だった。それが被害増大を抑え、「神の14分」とも評された。それでも6400人超が死亡し、「戦後最大の災害」となった。
大都市直下の「阪神」は「人口の集中・集積が多数の死者、家屋の損壊をもたらす」 と改めて教えた。だから「東京一極集中」は地震のリスクを確実に高めている。首都機能の地方分散移転など「東京一極集中の抑止策」は地震などの「自然災害」の最も「有効なリスク対策」なのだ。
東京だけではないが、大都市の「木造住宅密集地(木密)の減少」も必須の地震対策。神戸・長田区の焼け残ったガソリン・スタンドが示したようにしっかりした防火対策を施した建造物は焼けないうえ「延焼防止の役割」を果たす。大分・佐賀関の大火では空家が延焼拡大を助長した。空家は「焚き木の堆積」に等しい。解体して更地すれば、延焼防止の空地や道路拡幅に繋がる。
数年前に荒川区などの木密地域を日本記者クラブの視察団に加わり訪れた。「空家対策や道路拡幅」に自治体が苦労している実状を知った。こうした対策は全国的に遅れているが、東京都では自治体も住民も「危機意識は強い」。近く発表される「首都直下地震の被害想定」では12年前より死者は2割以上、被害額は1割以上、減る見込みだ。それでもまだ目標には達してない。
第3は阪神大震災では多数のボランティアが活動し、1995年は「日本のボランティア元年」と言われた。これまで宗教心の薄い日本人は欧米のキリスト教国などの人々に比べ、「ボランティア精神に欠ける」との指摘があった。
ところが「阪神」は発生から1ヵ月で約62万人、累計で約200万人のボランティアが集まった。彼らが被災地の復興、被災者の救助介護に貢献した。この流れは東日本大震災や毎年発生する風水害でも継承され、ボランティア活動が「日本の文化として定着」したかに見えた。
しかし、昨年の能登半島地震ではボランティアは影を潜めた。馳石川県知事がボランティアの被災地入りに「自粛」を求め、登録制を設けて規制した。無秩序なボランティア参入は交通渋滞を招き、不適切行動も発生、かえって災害復興の妨げになる「迷惑ボランティア」が増えたからだ。
元プロレスラーで体力に自信のある馳知事は「俺が馳せ参じるからボランティアは不要」と思った訳ではないようだ。
なぜ「能登」の復興は遅れ、避難生活で亡くなる「災害関連死が多発」したのか。能登半島の厳しい自然条件など特有の事情があるにせよ、「能登」の地震対策にはこれまでの震災で培って来た経験、ノウハウが生かせなかったのではないか。政府、自治体は厳しく検証する必要がある。
歴史的には前後するが、日本の「自然災害リスク」を考えるうえで「東日本大震災」に触れない訳には行かない。阪神大震災の16年後に発生した「東日本」は死者・行方不明者が2万2千人超にも上り、「阪神」を上回る「戦後最大の災害」となった。
そればかりか「東日本」は未曽有の「東京電力・福島第1原子力発電所の事故」を引き起こした。福島原発事故は3棟の原子炉建屋が爆発、3基の原子炉の核燃料が溶融、格納容器が損傷し、大量の放射性物質を外部に放出した。いわゆる「メルトダウン」が発生、チェルノブイリ原発(旧ソ連邦、現ウクライナ)と並ぶ「世界最悪のレベル7の事故」と認定された。日本では「原発の安全神話」は完全に否定された。
ところが最近、休止原発の再稼働に留まらず、「原発の新設」の動きまで出始め、「原発推進論」が勢いを増している。その背景にはAI(人工知能)の急速な需要拡大で、半導体製造やデータセンターの運用に莫大な電力需要が見込まれるからだ。
急増する電力需要を原発で賄うのが「正しい選択」なのか。「原発依存を高める」政策転換が「再生可能エネルギーの開発・促進」にブレーキをかけないか。速やかに検討し、見極めなければならない。
「東日本」では忘れてはならない「悲劇」がいくつも起きた。中でも伝承すべきは宮城県石巻市の「大川小学校の悲劇」だろう。校庭の南端は山で、校舎から歩いても5分とかからない距離に大津波も避けられる高所がある。
にも関わらず、地震発生から約50分後の津波の襲来に児童74名、教職員10名が巻き込まれ死亡・行方不明となった。ダジャリストも3年前、現地を訪ね、「なぜ、このロケーションで、それほどの死者が出たのか」と衝撃を受けた。
その原因については裁判が行われ、文科省は検証を実施、映画も制作されて究明されて来た。その結果は全国の教職員を筆頭に「地震・災害大国の国民」が広く「教訓」として受け止め、伝承して行かねばならない。
2025年は日本に初めて女性首相が誕生した。前政権の石破茂首相の置き土産は「防災庁の創設」。「2026年11月設定」の政府方針は決まっているが、高市早苗首相が「どう引き継ぐか」注目される。
高市首相は首相就任1ヵ月余りで「福島」、「能登」の被災地を訪問、福島では「福島の復興なくして日本の再生はない」と安倍首相伝来のフレーズを繰り返した。ただ「福島の復興」が遅れたのは、石原慎太郎東京都知事と安倍首相がタッグで、「東京五輪を招致」したのが一因ではなかったか?「東日本」の復興と「東京五輪」が重なったため「土木建築資材の高騰と人手不足」を招き、復興工事の足を引っ張った。
高市首相は同じ「防ぐ」でも「自然災害」より「外敵侵攻?」に目が向いているのではないか。米国トランプ大統領の強い要請にも応えて「防衛費」を大幅に上積み、2025年度に「GDP比2%」を2年前倒しで達成する。公明党の連立離脱もあって防衛費増加に歯止めが効かない。そのシワ寄せを「防災費」が受けないか心配だ。日本だけではないが、2025年に鮮明になった「世界の軍拡競争の行方」は巨大化する「自然災害」と並んで怖い。
高市首相は「安倍政治のリメイクを目指している」フシがある。経済政策の「サナエノミクス」は「ニュー・アベノミクス」と言って憚らない。
日本を取り巻く経済環境は安倍政権時代と大きく変化している。今や日本の経済政策は「アベノミクス」と真逆の「アベコベミクスが必要」との提言が経済学者を始めとするエコノミストの間で強まっている。「アベノミクスの踏襲」では日本の「産業競争力の強化、経済成長の高度化」は達成出来ず、「日本再生」は覚束ない。サナエノミクスは「早苗を植えても育たず、稲穂は実らない」結果に終わるのではないだろうか。
外交も「地球儀俯瞰外交」と「忖度」外務官僚が持て囃した「安倍外交」を意識し、「世界の真中で咲き誇る日本外交を取り戻す」と威勢がいい。ところが安倍外交は「遠交近攻」ならぬ「遠親近疎」。遠くの国と親しくするが、近隣国とは「疎遠」。北朝鮮の「拉致問題」は埒が明かず、「北方領土問題」は4島が2島へ後退、そして0島へ消えた。
これまでも日本外交が「世界で華やかに展開した実績」は乏しく、取り戻すほどの過去は無い。日本が活躍出来るとすれば、武器は「大砲」ではなく「経済力、技術力、文化力」だろう。高市トレードで「円安」が進行、これでは「経済力」の効力は低下するばかり。
高市首相の誕生は「ガラスの天井を破った」快挙ではある。日本の憲政史上初めての「女性首相」で、支持率も上がっている。
しかし、破れた天井からフレッシュ・エアが流れ込み、明るい日差しが差し込めばいいが、濁った空気が流れ込み、冷たい雨が降り込みかねない。事実、西から早くも「寒風」が吹き込み、日本の政府や経済界を震え上がらせている。黄砂が飛来、舞い込む季節までにはガラスの天井に代わる何らかの防護策が必要だろう。
高市首相は「ハットを被った元首相」や「キャップ被った大統領」など、「知性を感じない老人」の受けがいいようだ。彼らが高市首相の何に期待し、どこまで支援するか判然としない。
とにかく「戦争をしない外交」が最も有効な「防衛策」であり、「最大のリスク回避策」。これに対して「自然災害」は「避けたり防いだり」の「防災」は事実上出来ない。発生・襲来を予測し、被害を減らす「減災」に備える「備災」をやるしかない。
日本は地球物理学的に南海トラフ地震や富士山噴火、更に地球温暖化による気候変動に伴う豪雨・洪水、山火事なども発生する世界有数の「災害大国」である。地政学的にも核武装した体制の違う国に囲まれた「リスク大国」。従って、いわゆる「防災」と「防衛」はもちろん必要だが、リスクの現実性、喫緊度は「防災」だろう。高市首相は「好きな防衛」より「防災」に軸足を置き、対策を実行して欲しい。「防衛」については、これまでの「日本の歴史」と世界での「立ち位置」を認識し、慎重・的確に対応すべきだ。
高市首相には支持率の高さに気を良くし、トランプまがいの「ナショナリズム」を煽る「ポピュリズム政治」へ傾斜しないことを願う。「雌鶏が鳴くと家(国)滅ぶ」の諺がある。「働いて、働いて」の張り切り過ぎは禁物だ。
ダジャリストが英国駐在時の首相はサッチャー。彼女は「英国病」で沈んだ経済を毀誉褒貶はあるが、一応「建て直した」。高市首相も尊敬するサッチャーに倣って「失われた40年」と言われる「日本の長期低迷」を脱して欲しい。「高市はイマイチと言われない」結果を期待するばかりだ。
2025・12・11
上田克己
プロフィール
上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞

第40回『日本のリスク〜我々は何にどう備えるべきか』