第17回 『デジタル時代の世界大戦『半導体ウォーズ』(産業の興亡・企業の盛衰ーPart3)』

デジタル時代の世界大戦『半導体ウォーズ』(産業の興亡・企業の盛衰ーPart3)

新型コロナ・パンデミックが世界の政治・経済・社会に潜む問題点を浮上させている。中でも深刻なのが「半導体不足」。20世紀は「石油」の争奪を巡って世界大戦が勃発した。21世紀は「デジタル情報時代」。主役の電子機器の「心臓」である「半導体」は「産業の興亡・企業の盛衰」の鍵で、「国家の存亡」に繋がりかねない。「半導体の確保」は企業だけでなく、国家にとっても「経済安全保障」の最重要課題。半導体不足で、その争奪戦が起きつつある。「半導体ウォーズ」の行方を注目したい。

世界的な半導体不足は2020年秋に表面化、急速に深刻化した。背景には①米国と中国の「新冷戦」と言われる「覇権争いに伴う経済摩擦」②「コロナ・パンデミック」③「地球温暖化による気候変動」がある。いずれも21世紀を画す重大事象。これら諸情勢が半導体の必要性を高め、その重要性が増している。

20世紀は「人類が産んだ最大の商品」である自動車の燃料として、或は木材、金属に次ぐ新素材、プラスチックの原料として石油が利用された。20世紀は「石油の世紀」と言われる。

21世紀はコンピューターを始めとする様々な電子機器による「デジタル情報時代」。それら電子機器には半導体が組み込まれ、その「心臓」とも「脳」とも言われる機能を果たしている。21世紀は「半導体の世紀」と呼ばれそう。

中でも凄まじい勢いで普及したのが携帯電話(スマホ)。米国が中国のスマホ大手のファーウェイを経済制裁の対象とした。するとファーウェイの市場奪取を狙って米韓などの競合メーカーはスマホを増産しようと半導体の調達に乗り出した。

コロナ禍ではリモートワークやオンライン授業の導入が進み、パソコンやタブレットなどの需要も増加、半導体への発注が増えた。自動車も「脱炭素化」を目指すEV化や自動運転化などで電子化が進み、半導体の使用量が増している。

一方、半導体の供給面ではコロナ感染の拡大や「異常気象」の影響で、半導体の部材の生産や輸送に支障が生じた。半導体工場のトラブルも重なり、増産にブレーキがかかった。この結果、世界的に深刻な「半導体不足」が生じた。

半導体は石油に似て、生産基地が偏在している。IC(集積回路)チップの半導体は現在、90%近くが、台湾、韓国、中国の極東地域で造られている。うち50%超をTSMC(台湾積体電路製造)が占める。このため生産現場や輸送面に支障が生じると、供給不足に陥り易い。

嘗て世界で「石油」を巡って展開された争奪戦が「半導体」に起きている20世紀の後半、1980年代では半導体の生産は日本が世界の50%超を占めた。メーカー別では、NECがトップで日本企業が上位10社の半数に上った。それが現在、ベストテンに日本企業の名前は無い。

「半導体ウォーズ」は先の大戦の如く、緒戦で日本は勝てたが、米国と追随する韓国、台湾に敗れた。1990年代は米国がトップに立ったが、韓国、台湾が追い上げ、逆転した。今やトップメーカーは台湾のTSMC。同社は半導体の開発・設計のファブレス企業から生産委託されるファウンドリー企業。いわば「製造下請け」で、世界の半導体業界に「下剋上」が起きた。

「日の丸半導体」は何故、台湾、韓国に敗けたのか。敗因は色々あるが、半導体の主要な造り手だった大手電機・通信機器メーカーの経営者の「選択と集中の誤り」と政府・経産省の「政策の失敗」が大きい。半導体は「集積密度が18ヵ月で2倍になる」と言われ、技術革新のスピードが早い。従って需給も4年の「シリコンサイクル」で変動、好不況の波を被る。この状況に対応するには大きな設備投資を伴う。

半導体は「産業の米」と呼ばれ、日本のメーカーも重視して来た。 しかし、総合電機メーカーと言えど、サラリーマン経営者は、その不安定さと大きな投資負担に耐えられない。業績が低迷すると、安定した電力会社向けの重電や電々公社向け取り引きに軸足を戻した。

半導体製造のクリーンルームが野菜栽培に適していると、「産業の米」の生産を止め、レタス、ほうれん草など「野菜」栽培に転換する工場が相次いだ。日本の農政と同様、産業政策も「米離れ」した。 NECと並ぶ半導体のトップメーカーの東芝は原子力事業へ傾注した。結果論だが、この選択は福島原発事故で裏目に出た。これが目下の「東芝解体」とも言える「3分割案」に繋がる。

経産省は米国の圧力に屈し、日米半導体協定を結び、日本の半導体の生産ばかりか価格まで規制した。その隙に韓国、台湾メーカーが急成長、市場を奪った。経産省は日本の電機メーカーの半導体メモリー事業を統合、「エルピーダ」を設立、韓台に対抗しようとしたが、倒産に追い込まれた。

それから10年、日本の半導体産業の再建を迫られた政府・経産省は、その役割を台湾のTSMCに求めた。TSMCの工場を熊本県に誘致し、ソニーなどと合弁で運営する計画。これに政府は約1兆円の投資額の最大半分を補助をする方針。

1970年代から半導体関連企業の九州への進出が続き、九州は「シリコンアイランド」と呼ばれた。今も日本国内でのシェアは高いが、世界シェアは嘗ての10%から1〜2%へ落ちている。世界の「シリコンアイランド」は今や台湾にとって替わられた。 ただ九州で半導体製造に踏み留まったのがソニー。スマホカメラ向けの画像センサーの半導体に強く、今や「日本一の半導体メーカー」。これがソニー復活の下支えとなり、ソニーとパナソニックの業績格差を産んだ。

日本の電機業界が台湾メーカーにすがるのは、世界最大の電子機器受託グループ、鴻海(ホンハイ)による「シャープの買収」に次ぐ動き。外資、それも欧米先進国ではなく、発展途上と思っていたアジアの企業の進出をテコに先端事業を建て直す。こんな日本の経済・産業の姿を誰が想像しただろう。

日本は敗戦の焦土から立ち上がり、奇跡の高度経済成長を遂げ、経済大国に伸し上がったが、気がつけば「日本病」という成人病にかかり、体力は急速に落ちている。

それにつけても思い出すのは1980年代の英国。僕がロンドンに赴任した1983年の夏にエリザベス女王はスコットランドに進出したNECの半導体工場の開所式に出席した。NECは世界一の半導体メーカーへ駆け上がろうとしていた。「英国病」に苦しむ英国は外資誘致をカンフル剤に経済再建を図った。

スコットランドに日米半導体メーカーを誘致し、「シリコン・グレン(ゲール語の渓谷)」の形成を目指した。翌年には夫君のエジンバラ公がウェールズの松下電器(パナソニック)のテレビ工場を訪れた。いずれも現場取材した僕は英国のロイヤルファミリーの「サービス精神と精力的な活動」に驚いた。日本で天皇皇后が外資系工場を視察した記憶は無いからだ。

日本が「日本病」を克服するには、政府・経産省の的確で強力な産業育成策や日本企業の努力、国内回帰が必要だろう。そして「英国病」の処方に習って、有力外資を誘致し、その力を借りて日本経済・産業の活力を取り戻す策も有効だろう。

そのためには巨額の補助金を出すだけでなく、英国のロイヤルファミリーのように日本の皇室にも一役買って頂いてはどうだろう。

今、世界で展開されている「半導体ウォーズ」の一つの焦点は、TSMCの誘致合戦。日本の他、米国、ドイツがTSMCにラブコールを送り、米国に次いで日本での工場建設が決まった。TSMCは中国にも生産基地を持っている。中国も半導体不足に苦しんでおり、設備を増強したいが、「米中対立で製造設備の調達が出来無い」という。この状況は日本の「半導体産業復活の最後のチャンス」かも知れない。

ただ台湾のTSMCの動きを中国は、どう受け止めているのだろうか。「半導体強国」の旗を掲げる中国がどう出て来るか。台湾を巡って中国対米国、更に日本を含めた西側諸国との緊張関係が強まっている。TSMCの日本上陸は、こうした「地政学的リスク」を日本企業が抱え込むことになる。小さな半導体チップの奪い合いが大きな国家間の争いの引き金にならないか。「半導体ウォーズ」の行方から目が離せない。

2021.12.1
上田 克己

プロフィール

上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞