第19回 『「覇権大国」VS.「先端小国」』
「覇権大国」VS.「先端小国」
1991年末にソ連邦が崩壊、「米国対ソ連」の「冷戦」が終結して30年が経過した。ところが、西の「ウクライナ」をめぐる「米国対ロシア」、東は「台湾」をめぐる「米国対中国」の対立が緊迫化、世界は「新・冷戦」に突入の様相。その行方はプーチン、習近平、バイデンの大国首脳の決断に左右されるが、無視すべからざるは北欧の小国「リトアニア」の動きだ。
なぜ、「リトアニアか」と言えば、「ソ連邦崩壊の引き金を引い た国」だからだ。1990年、リトアニアはソ連邦の構成共和国から他の構成国に先行し、独立を宣言した。これが切っ掛けにソ連邦構成国に「独立のドミノ現象」が広がった。そして1991年12月、ソ連邦は崩壊、ロシアとなった。
しかし、「ソ連邦復活」を願望するプーチンの長期政権で再び「米ロ対決」が甦って来た。加えて、いやそれ以 上に中国の台頭で、「米中対決」という、より影響が大きく広い「新・冷戦」が展開し始めた。
「米中対決」の最大の焦点は「台湾問題」。それにもリトアニアが一石を投じた。2021年7月に台湾との窓口機関で大使館機能を持つ「台湾代表処」の開設を認めた。欧州で「台湾」表記の出先機関はリトアニアが初めて。他国は「台北」などの表記を使っている。更に11月にはリトアニア、エストニア、ラトビアのバルト3国の国会議員がそろって台湾を訪問した。
これらの動きに中国は強く反発、リトアニアに対して大使召還、外交特権剥奪、外�交関係の格下げ、製品の輸入停止など報復措置を打ち出した。リトアニアのラム酒2万400本が中国へ輸出出来なくなり、台湾が全量買い取る事態も生じた。
バルト3国では最大のリトアニアでも人口320万人で中国の519分の1、面積は日本の6分の1の小国。中国の人民日報の姉妹紙、環球時報は「象の足の裏にいるノミにすぎない」を見下している。
中国の「リトアニアいじめ」に対して英フィナンシャル・タイムズは「EUはリトアニアを守れ」と発破をかけた。リトアニアなどバルト3国はEUとNATO(北大西洋条約機構)の加盟国だからだ。
こうした声を受け、EUは1月28日、中国のリトアニア対する貿易規制は「国際ルール違反」として中国をWTO(世界貿易機関)へ提訴した。
中国の圧力で「台湾断交」は、この半世紀、世界の潮流となり、台湾と国交のある国はわずか14ヵ国。それもほとんどが太平洋の小さな島嶼国。リトアニアの「台湾代表処」開設は、この「台湾断交」の流れに「棹をさす」果断な外交政策だった。
それに触発されたか、中米ホンジュラスの新大統領は1月27日の就任式で、選挙中に主張していた「中国と国交を結ぶ」を撤回、「台湾との関係維持」を表明した。これまで見られなかった「台湾断交ドミノ」にブレーキが掛かった。
リトアニアなどバルト3国はソ連邦崩壊後、急成長したフィンランドが「国造りのお手本」。フィンランドは第2次大戦で枢軸側に付き敗戦、ソ連の影響下に置かれた。「フィンランド化」と揶揄された「議会民主制と資本主義経済を維持しつつ共産主義国の支配」を受けた。
このため経済は停滞、僕が初めて首都ヘルシンキを訪れた1983年夏の印象は「古びたビルが建ち並ぶ、くすんだ、活気に乏しい街」だった。それが今や、「国民の幸福度世界一」と評価される豊かな国になった。国境を接するロシアとの地理的・歴史的関係を配慮し、NATOに加盟せず、中立を堅持して来た。
しかし、ウクライナ危機に直面、フィンランド首脳は「NATO加盟も選択肢」とロシアを牽制している。プーチンが最も警戒、反発しているのはウクライナのNATO加盟。それを阻止するためプーチンがウクライナ侵攻に 踏み切れば、ウクライナよりロシアとの国境線が長いフィンランドがNATOに加盟、「NATO軍がロシアに迫る状況」を作る戦略だ。
このフィンランドとスウェーデンなどスカンジナビア3国とアイスランドの北欧5カ国は、バルト3国と「NB8(北欧・バルト8ヵ国)」の枠組みで連携を強めている。北欧5ヵ国はいずれも一人当たりGDPが高い世界有数の富裕国。バルト3国も行政手続きの99%を電子化、世界最先端の電子政府を樹立しているエストニアを始め、IT化を進め、北欧諸国に追い付こうとしている。 デジタル化に遅れた遅デジ日本のまさにロールモデル。
これらNB8は、いずれも小国だが、この連携はロシア包囲網の一角を形成、欧州でのクリミアに続くロシアの「現状変更」を許さない構えだ。
更にリトアニアをパイプ役に台湾との結び付きを強める気運が窺える。台湾は今や世界の産業の浮沈を握る「半導体」の最大の生産供給基地。この連携は世界のIT分野をリードする可能性を秘めた「先端小国連合」と言える。中国にとって「ノミどころか、象のパワーを持つ」対抗勢力に成りかねない。
これに対して大国のロシアと中国はいつになく接近している。北京五輪の開幕式にはプーチンが駆け付け、習近平と顔を揃え、「覇権大国連合」を印象付ける。米国を始めG7の首脳はもちろん「先端小国連合」のトップも開幕式をボイコット、「新・冷戦」の構造が五輪で浮き彫りになった。
中ロが覇権主義を強めているのは「大国病」とも言うべき愚行だが、責任はトップの人物にある。プーチンは大統領任期を延長、習近平は国家主席の任期を撤廃した。いずれも長期在任を可能にし、「皇帝化」へ踏み出した。専制独裁政治へ傾斜、「内に強権、外に覇権」のアナクロ政治に走る。
ソ連はウクライナに「チェルノブイリ」という巨大な「負の遺産」を残した。後継のロシアはウクライナへ「侵攻」ではなく、「協力」して「チェルノブイリの石棺」を管理・始末するのが責務ではないか。「恐ロシア」はロシアが怖いのではない。怖いのはプーチン。バイデンは「人殺し」「KGB(ソ連の秘密警察)の悪党」とまで罵っている。ただ救いは米中ロの3大国首脳間のコミュニケーションは途絶えていない点だ。
この「新・冷戦」に日本はどう対応するのか。振り返れば、岸田首相が外相を務めた安倍政権。8年近い長い在任期間に安倍首相は訪問国・地域は80、飛行距離158万㎞(地球39.5周)と動き回り、「地球儀俯瞰外交」と自讚。プーチンとは会談27回、トランプとは5回のゴルフなど「冷戦の主役の大国首脳」と交流した。
だが外交の優先重要課題に掲げた「北朝鮮拉致問題」は進展なく、「北方領土問題」は、むしろ「後退した」との評価もある。肝心な中国との関係は悪化、韓国を含めた「近隣外交」に前進は無かった。これでは「外交の安倍」は看板倒れ。忖度外務官僚の自画自賛PRにマスコミも乗せられて来た。
実はリトアニアは第2次大戦中、数千人のユダヤ人難民にビザを発行し、救済した日本人外交官、杉原千畝の駐在国。杉原は本国の訓令に反して、リトアニアの領事館でビザを出し続け、「東洋のシンドラー」と称賛された。日本人外交官で国際的に功績が讃えられている唯一の人物。
日本は黒船来航以来、「外交敗戦」の歴史を重ね、第2次大戦後は「米国追随外交」一辺倒で来た。杉原のような「正義感が強く、ヒューマニズム溢れた気骨ある外交官」を知らない。「新・冷戦」の荒波を日本が乗り切る外交は、「大国に追随する」だけでなく、リトアニアなどの「小国に学ぶ」べきではないだろうか。そして第2、第3の「杉原」の出現、活躍を期待したい。
世界は「小国リード」が「平和で豊か」になれる道かも知れない。(敬称略)
2022・2・2
上田 克己
プロフィール
上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞
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