第21回『日韓・新時代の到来〜韓国に新大統領登場で日韓関係は「『反』から『親』へ反転」するか。』
日韓・新時代の到来〜韓国に新大統領登場で日韓関係は「『反』から『親』へ反転」するか。
日韓・新時代の到来〜韓国に新大統領登場で日韓関係は「『反』から『親』へ反転」するか。
ロシア軍のウクライナ侵攻で世界の耳目はユーラシア大陸の西方に注がれている。翻って我々が暮らす東端に目を向けるとここでも「ミサイルが飛翔」、不穏な動きは絶えない。そうした状況下、韓国で新大統領が選出され、政権が交代する。「史上最悪」と言われている日韓関係の改善に繋がるか。極東情勢も重要な局面を迎えている。
3月9日の韓国大統領選挙に僅差で勝利した尹錫悦(ユンソクヨル)は5月10日、第20代大統領に就任する。尹は「日韓関係の改善に驚くほど前向きな姿勢を示している」と韓国問題の専門家は評価している。
第2次大戦後、1965年に日韓は基本条約を結び、国交を回復、関係正常化へ向かった。だが2010年代に入り、特に第2次安倍政権以降、日韓関係は悪化の一途を辿り、現在「史上最悪」と言われる状況となっている。
国交回復後も「日本の教科書、首相の靖国神社参拝、竹島の帰属、従軍慰安婦などの問題」が韓国から非難を浴び、両国関係はギクシャクした。 それでも両国の貿易、人的・文化的交流は拡大。2002年にはサッカーワールドカップで史上初の日韓2ヵ国共同開催も実現した。
しかし、慰安婦問題に加え、2018年に韓国大法院(最高裁)は三菱重工など日本企業に対し戦前の「韓国人徴用工へ賠償を支払うよう」命じた。これを機に日韓は政治・経済面で報復合戦を繰り広げ、関係は一段と冷え込んだ。
日本にとって韓国は地理的に最も「近い隣国」。韓国から伝わらなかったのは「オンドルと宦官とハングル」と言われるほど韓国経由の渡来文化で日本は形成された歴史がある。とは言え世界はどこも「隣国同士の仲」は良くない。日韓もその例に漏れないのだが、反目の度合いが「米国が懸念する」ほど酷い。
原因は1910年に日本が韓国を「併合」、35年間続いた「植民地支配」にある。その間に韓国人に根付いた「反日感情」は戦後も「反日教育」で継承された。一方、日本には「差別意識」が芽生え、韓国を嫌う「嫌韓」と韓国の「反日」に反発する「反韓」感情が広がった。
ところが両国の政府与党にはこの「反韓」、「反日」は必ずしも不都合ではなかった。「反韓」「反日」の国民感情に沿った政策を打ち出せば、選挙に「有利に働く」からだ。 これでは「関係改善」に両国政府とも努力しない訳だ。安倍晋三はプーチンと27回も会談したが、朴槿恵とはまともな会談は2回、文在寅とは30分以上の直接会談はコロナ禍の影響もあっただろうが、わずか1回に止まったようだ。
日本は徴用工問題は1965年の「日韓請求権協定で、解決済み」とし「ボールは韓国側にある」と、韓国を突き放し、距離を置く「離韓」の姿勢を取った。
外交問題の解決は「プーチン流の軍事力」ではなく、いかに「話し合い、コミュニケーションをとる」かだ。日韓以上に摩擦を繰り返して来たフランスとドイツはEU加盟だけでなく、2国間で「定期閣僚会議」を開いている。
「史上最悪の日韓関係」は韓国と首脳会談をほとんど持たなかった安倍・菅政権だけでなく、関係改善の意欲が乏しかった韓国側にも責任はある。その点、尹は日韓の「シャトル首脳外交」を提唱しており、政界首脳の交流復活が期待される。
「史上最悪」の日韓関係は、両国の政府与党にとって「選挙のマイナス材料ではない」かも知れないが、両国民にとって「何のプラスも産まない」。韓国は今や半導体の生産など世界有数のハイテク製品生産国。国民一人当たりのGDP(名目国内総生産)は5年後には日本を抜くとの予測もある経済大国。音楽・映画などエンターテイメント分野やゴルフなどのスポーツのレベルも高いソフト先進国。インバウンドの訪日観光客は中国と並んで断トツに多かった等々。
こんな魅力のある隣国と付き合わない手はない。お互いに活発に交流すれば、経済・文化面で様々な相乗効果が期待できる。
それだけではない。今回の大統領選挙では野党が勝利、5年ぶりに政権交代が実現した。韓国大統領の任期は5年で、与野党が5年か10年間隔で交代している。そして投票率も今回は前回とほぼ同率の77.1%と極めて高い。日本の昨年12月の衆院選の投票率55.9%,前回の参院選は50%を切っている。韓国の民主化は1987年のノ・テウ大統領候補の「政治宣言」発表以来で、まだ日は浅い。
それでも日本より「民主主義が機能」している。尹は大統領に就任しても国会は野党過半数の「ねじれ国会」で、「親日」政策の実行は困難との懸念は強い。これに対し尹は「ねじれ国会」は「民主国家では自然なこと」と受け止めている。日本が「学ぶべき点が多々ある」のではないだろうか。
日本は海で隔てているとは言え、周辺隣国と様々な「地政学的リスク」を抱えている。ミサイルを乱発、核兵器開発を進め、拉致問題は全くの膠着状態の「北朝鮮」。尖閣諸島の領有で対峙する「中国」。平和条約締結・北方四島返還の交渉が断絶した「ロシア」。日本がこれらのリスクに対応するのに「米国との同盟だけ」で十分とは言えないだろう。極東における「日本の安全保障」には少なくとも韓国との連携は「必要で有効」だろう。「離韓」と突き放して済む状況ではない。
日韓関係が正常化して来なかった背景に両国の根深い「国民感情」がある。それでもここまで関係が悪化した底流には韓国が「日本の歴史認識」に拘り、執拗に批判して来た姿勢がある。
「正しい歴史認識」とは如何なるもので、誰がどのように「判断」するのか。英国の歴史・政治学者E・H・カーは著作「歴史とは何か」に「歴史とは現在と過去の対話である」と記す。従って「完全に客観的な歴史叙述」はあり得ない。だから「(歴史の)主観性に自覚的であらねばならない」と説く。
韓国の大統領が主張して来た「正しい歴史認識」が「間違い」と言いたいのではない。ただ「歴史」はカーが説くまでもなく、客観性や科学性を持ちにくい。一方が「正しい」と思っても、他方にそれを「認めさせる」のは容易でない。もし「認めさせても、しこりがの残る」のは避けがたい。
30年以上前だが、日経西部支社が日韓経済セミナーを釜山で開き、韓国の学者と懇談した。彼は「韓国には古い歴史書がなく、歴史学の発展が遅れた」と寂しげに語った。1145年に書かれた「三国史記」が「韓国最古の歴史書」という。源氏物語より新しい。「歴史は勝者が書く」という。韓国に古い歴史書がないのは、朝鮮半島が昔から西方の中国や北方民族に支配、蹂躙されて来た結果だろう。
だから「韓国の歴史認識」を疑っている訳ではない。ただ他国との関係では「歴史の客観性の難しさ」を互いに「認識」し、「歴史」に対し「謙虚」でなければならない。そうでなければ「正しい歴史認識」を振りかざして、他国に迫っても「真の同意」は得られない。
独仏間では「共通の歴史教科書の採用」まで進展している。日韓も20年前から学者による「日韓歴史共同研究」が2回行われたが、相互理解は進まず「失敗」と評価されている。
改めて両国は「歴史認識」の基本に立って日韓史の共同研究に取り組んではいかがだろう。港区南麻布の大韓民国民団中央本部には「在日韓人歴史資料館」があり、在日韓国人の日本における被差別・虐待の歴史が展示されている。「自虐史観」ではない。日本はこうした「歴史」にも真摯に向き合うべきだろう。
「日本との関係改善」を公言した尹は諸懸案を包括的に解決する「グランドバーゲン方式」を掲げている。それが具体的にどんな形で、「どんなボールが投げ返されて来るか」。それを岸田政権がどう受け止め、打ち返すか。いずれにしても「反韓」「反日」の不毛な対応はもう許されない。「親韓」、「親日」の相互関係を築かねば、極東の地政学的リスクを小さく出来ない。(敬称略)
2022・3・30
上田克己
プロフィール
上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞
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