第23回『北朝鮮のミサイル乱射で波高し日本海〜コロナ禍とウクライナ戦争で「日本海時代」の再来も』

北朝鮮のミサイル乱射で波高し日本海〜コロナ禍とウクライナ戦争で「日本海時代」の再来も

「ウクライナ戦争」の長期化で世界の耳目はユーラシア大陸の西に注がれているが、東端でも「建国以来の大動乱」(金正恩総書記)という非常事態が起きている。北朝鮮が新型コロナの急激な感染拡大に見舞われている。これまでの「核・ミサイル開発」による軍事力強化策では対応出来ず、ミサイル乱射は「強がり、悪あがき」とも見える。北朝鮮の「大動乱とウクライナ戦争の行方」によっては第二次大戦以来の「極東・環日本海情勢に転換もあり得る」と注視したい。

19世紀末から20世紀初めに活躍した米国国務長官のジョン・ヘイは「地中海は昨日の海、大西洋は今日の海、太平洋は明日の海」と展望した。その言葉通り1世紀を経て「世界経済の中心は環太平洋経済圏」となり、政治も「太平洋」が世界の2大覇権国の「米国と中国が競い会う舞台」となって来た。

嘗て「大東亜共栄圏」の幻想を追った日本には改めて「世界の中心舞台で共演するチャンスが巡って来た」と胸を躍らせている向きもありそうだ。

太平洋は日本にとって極めて重要な「舞台」である。「今日の海」となった「太平洋」は、中国の「一帯一路」戦略への対応もあって、米国や日本は「インド洋」を包含、「自由で開かれたインド・太平洋時代」へと視界を広げている。となれば日本は舞台に上がり、「主役」はともかく、「名脇役」ぐらいは演じるべきだろう。「日米豪印の戦略対話(Quad)」は軍事同盟による「覇権争い」ではなく、「平和的秩序」づくりを目指すべきだ。

同時に日本にとって大事な海は「日本海」。ここでは米国追随一辺倒ではなく、主体的に「主役級の取り組み」が期待される。ところが第二次大戦以降、日本はとかく「日本海の重要性」を忘れ がちだった。

実は今年は江戸前期の商人、河村瑞賢が幕府の命を受け、東北から日本海を経て上方、江戸に至る「西廻り航路」を開拓して350年。この航路が北海道まで延びて「北前船」が活躍、明治の中頃まで日本海沿岸に経済的繁栄をもたらした。石川県加賀市の港湾地区には大勢の北前船主が住み、「日本一の富豪村」と言われた。新潟県は、明治時代まで東京、大阪の両府を上回る「日本一の人口県」だった。米の生産力が人口を支えたようだが、北前船の経済効果もあったのではないか。日露戦争を経て日本海沿岸は朝鮮半島、中国そしてロシアを経て「欧州へ通じるゲイトウェイ」となった。「裏日本」どころか、日本列島をユーラシア大陸と結ぶ「表玄関」だった。

僕は予てから「極東・日本の平和と繁栄」には「日本海時代の再来」が「必要条件」と思って来た。「平和で豊かな日本」は「日本海が今日の海」になる時に実現する。「現代版の北前船」が敦賀港や新潟港などから朝鮮半島やロシアと活発に往来。上海や釜山、ウラジオストク発着の船舶も日本海経由で日本、更には米国と交易する。こうなれば日本そして極東が繁栄しない訳がない。日本は「太平洋ベルト地帯一軸、東京一極集中」となっている経済構造、人口分布が是正され、「均衡の取れた発展」に繋がる。

この「日本海時代」到来の「最大の障害」となって来たのが「北朝鮮の存在」。日本に最も近い隣国の一つでありながら、北朝鮮は建国から74年経っても、未だに国交が開けない。北朝鮮は朝鮮戦争を戦った米国とは「休戦」したが、69年経っても「停戦」に至らず、北朝鮮のジュネーブ駐在大使は「まだ戦争中」と言って憚らない。

なぜ北朝鮮と日本や米国には「かくも長き断絶」が続くのか。最大の要因は北朝鮮に金日成を始祖とする「金王朝」が誕生、その「体制維持」のため、専制独裁の「先軍政治」を強行、「核武装した閉鎖的な異常国家」が形成されたことだ。北朝鮮の「異常さ」は、国家ぐるみとも思える非合法な犯罪的行為を頻発、「ならず者国家」のレッテルが貼られるほど。日本人を始めとした拉致や旅客機爆破、通貨偽造、仮想通貨詐取、麻薬取引、他国機関へのサイバー攻撃など多様。

こうした北朝鮮の国家形成や不法行為を見過ごし、許して来たのは韓国、日本、中国、ロシアの周辺国と米国で、その責任も問われる。

特に「世界の警察官」だった米国はベトナム戦争後、欧州・中東に傾注、アジア・極東を軽視して来た。オバマ大統領の登場で、安全保障戦略を「アジア重視(リバランス)」へ転換したが、北朝鮮に対しては「戦略的忍耐」との姿勢。厳しい制裁を控え、対話も消極的で、北朝鮮に「核・ミサイル開発の推進」を許した。

小泉首相の「拉致家族5人の奪還」の実績を引き継いだ安倍首相は「拉致問題解決を最重要課題」に掲げたが、「成果はゼロ」だった。副総理の麻生太郎は2017年の総選挙で自民党が大勝したのは「(ミサイル発射で国難の危機を作った)北朝鮮のお陰」と述べた。日本の政府自民党もどこまで真剣に拉致問題に取り組んで来たか疑わしい。拉致被害者家族の「強いられた忍耐」が痛ましい。

安倍は北朝鮮に経済制裁を加えると共に米国大統領のトランプの支援に頼った。トランプは米国大統領として初めて金正恩との会談を実現したが、米国人勾留者の解放に成功しただけ。「アメリカ・ファースト」で、人道、人権意識の低いトランプに拉致被害者の救済を頼るのは筋違いだった。北朝鮮との交渉のサポートが必要なら「交戦中」の米国だけでなく、政経両面で最も関係の深い中国と韓国にもアプローチすべきだった。首相就任で両国との関係が悪化した安倍に「拉致問題解決」の役は不向きだった。

それにしても北朝鮮とそのリーダーの所業には今更ながら呆れるばかり。今年は北朝鮮は節目の年。「金王朝」の初代の金日成生誕110年、抗日パルチザンの朝鮮人民革命軍創建90年、2代目金正日生誕80年、そして3代目金正恩が就位して10年目。重要な記念日が目白押しで、恒例の盛大な祝賀式典が予想されていた。それが4月25日夜挙行された「史上最大の軍事パレード」。軍人2万人、群衆20万人が参加したという。

いつもながらの群衆の熱狂的歓呼、拍手。この「異様な個人崇拝」の光景は、15年も前に韓国の元大統領の金泳三が「狂信的な洗脳で体制を維持する暴力集団」と断じた状況と変わらない。我々がテレビで観ていると、「喜劇」としか見えないが、背後には「飢餓、貧困」の「悲劇」が覆い隠されており、空恐ろしい。

パレードに現れた金正恩以下、政府・軍幹部、沿道・広場を埋めた群衆に誰一人、マスク姿は見受けなかった。それから僅か17日後の5月12日、北朝鮮は「国内に新型コロナ感染者を確認」と突然発表。金正恩が初めてマスクを着けて会議に出席、現状を「建国以来の大動乱」と警鐘、「反疫戦」「薬品保障戦」を指示した。つまり「疫病を防げ」、「薬品を確保せよ」との指令だが、北朝鮮にはワクチンは無く、医療施設は手薄、ロックダウンで感染者を隔離、「漢」違いの「韓方薬(ショウガや柳の葉)」を飲ませ、消毒薬を撒くしかなかったようだ。金正恩が真っ先に「薬局を視察」した訳だ。

これまで北朝鮮は「世界で唯一のゼロコロナ」を誇っていたが、史上最大の軍事パレードで、一気に感染が拡大したフシがある。感染者は6月中旬で450万人近くに達した、と見られる。韓国の大学のモデルによると「今後1年間に成人約1千万人(北朝鮮の全成人の半分)のコロナ感染」が確実視されている。

この非常時にも関わらず北朝鮮は、ミサイルを乱射、7回目の核実験準備も進めているようだ。今年のミサイル発射数は韓国政府によると6月5日までで33発に上り、半年足らずで2019年の25発を上回る過去最多。韓国のシンクタンクによると、ミサイルの1発当たり費用は短距離弾道弾で4〜7億円、ICBMはその6倍強で、今年発射の合計費用は約540〜870億円に上る。この額はFAO(国連食糧農業機関)推計では北朝鮮の食糧不足に必要な米・トウモロコシの調達額に近い。10年前の報道だが、「国民の1割が飢えている」と言われた北朝鮮は核開発にそれまでに5200億円を投入。この額は不足のトウモロコシの50年分に相当した。

北朝鮮は今年は干魃のうえウクライナ戦争の影響で例年以上の食糧不足が噂されている。そこへコロナ感染爆発で、いくら「洗脳された国民」もミサイル乱射に拍手はできないだろう。コロナ感染が確認されて以降の5回のミサイル発射を北朝鮮は発表していない。国民に知らせず、日米韓など敵対国への示威が狙いの「ハリネズミ戦略」。専制君主の金正恩と言えども甚大なコロナ禍に見舞われ、「国民へのミサイル自慢」は控えざるを得ない、と推測する。

「異常国家」の北朝鮮の「変身」が無い限り「日本海時代」の到来は難しいが、コロナ・パンデミックがその「切っ掛けになる」との期待もある。とは言え、「皇帝プーチン」によるロシアのウクライナ侵攻で、日露関係は冷戦時代に逆行、「日本海時代」の到来は一段と遠退いた感もある。

ただウクライナ戦争にはデジャ・ビュ(既視感)がある。120年近く前の日露戦争と似ている。日露戦争では「大国ロシア」に立ち向かう「小国日本」を英国、米国が後押しした。「けしかけた」との見方もある。英米は金融的支援のほか、日本と同盟関係の英国はロシアのバルチック艦隊のスエズ運河通行を認めず、シンガポールでの補給も許さず、艦隊を疲弊させ、日本海海戦の「日本勝利」を導いた。英米とも「日本が勝つ」とは思っていなかったが、領土拡大に走る「ロシアの国力が弱ればいい」との判断だった。

ウクライナ戦争も英米は直接介入は避け、武器供与などでウクライナを強力に支援している。英米はウクライナが「勝てるとは思えないが、(ソ連邦復活を目指す大ロシア主義の)『プーチンのロシア』が弱体化すればいい」との思惑だ。アングロサクソンの英米の外交姿勢が120年前と変わらず貫かれているのに感嘆し、畏怖を覚える。

ウクライナ戦争の帰趨は読めないが、結末まで「日露戦争」に似れば、「ロシア敗戦」が「ロマノフ王朝の滅亡、帝政 ロシアの終焉」を招いたように「皇帝プーチンの退位、ソ連邦復活の消滅、親ロシア政権のドミノ倒し」へ繋がらないか、と夢想する。

折りも折り、フィンランドの女性首相が初来日した。トランプは日露戦争を知らず、安倍首相に「どちらが勝った」かと問うたそうだ。ロシアと長い国境を接しバルチック艦隊のベースのバルト海に面したフィンランドのマリン首相は38歳だが、日露戦争での日本勝利をよくご存知。NATO加盟問題が差し迫った時に急遽、来日したのはユーラシア大陸の東西でロシアと国境を接する両国が「対ロシア戦略で連携」しようとの呼び掛けだ。

120年前の日本海での歴史的波乱が9000㎞離れたバルト海に面したロシアの都、サンクトペテルブルクを直撃した。120年後、ウクライナとバルト海周辺国家で起きている「異変」が日本海を取り巻く北朝鮮やロシア、更に中国にどう跳ね返るか。特に北朝鮮は「大動乱のコロナ禍」に加え、後ろ楯の「プーチンのロシア」が「ウクライナ戦争で危機」を迎えている。展開次第では「遠退いた」と思われた「日本海時代」が思わぬタイミングで巡って来るかも知れない。(敬称略)

2022・6・13
上田 克己

プロフィール

上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞