第4回『李登輝と政治リーダー像』

李登輝と政治リーダー像

日本の憲政史上、最長の在任を記録した安倍晋三首相が漸く辞任した。「長きこと尊からず」。安倍長期政権の功罪はしっかり検証されるべきだろう。後継首相には安倍政権を支えて来た菅義偉官房長官が選任された。当然ながら「安倍政権の政策を継承する」と悪びれない。それでは交替の意味は薄い。実は「居抜き乗っ取り」で「下剋上だった」、との展開とならないか。大河ドラマの見すぎかな!

久しぶりに日本の最高権力者が交替した機会に政治リーダーの資質、あるべき姿勢を考えてみたい。

折しも台湾の元総統、李登輝が7月末に亡くなり、9月19日に告別式が行われた。享年97歳。同い歳の司馬遼太郎は27年前に李と対談、「世界でもっとも教養が高く、かつ名利の欲の薄い元首」と評した。その「品性と知性と実行力」に政治リーダーとしての理想像を見たようだ。台湾は第二次大戦後、中国大陸から蒋介石が率いる「中華民国」が 毛沢東の共産党勢力に追われ、逃げ込んだ。以来、40年間、蒋家の専制政治が続いた。

しかし、金家世襲の「金王朝」の独裁政治が続いている北朝鮮と違い、台湾には「蒋王朝」は成立しなかった。その要因は、蒋介石の息子の蒋経国が後継総統に李登輝を選んだ英断が大きい。

台湾生まれの「台湾人」として初めて台湾のトップに立った李登輝は、蒋介石の悲願、「大陸反攻」のスローガンを下ろし、台湾の民主化に舵を切った。政治家としては珍しく李は「スローガンが嫌い」と語っている。「スローガンは書いたことで、安心してしまう。それで仕事をした気になってしまう」からだ。

安倍政権は「アベノミクス」と呼ばれた「経済政策や外交に功績があった」と大方のメディアは評価している。「地方創生、一億総活躍社会、働き方改革、地球儀を俯瞰する外交」等々、スローガン、キャッチフレーズのオンパレードだったが、具体的な成果はあっただろうか。李登輝が懸念したようにスローガンを掲げると「それで仕事をしたような気になってしまう」。つまり安倍政権は「やってる感」で終わったのではないだろうか。

外交にしても安倍は「訪ねた国の多さとトランプ大統領との親密さ」が評価されている。トランプとは日米で合計5回もゴルフをした。これを「親密さの現れ」と持ち上げているのは日本のマスコミぐらい。欧州先進国の首脳は「貴重な時間を2人でゴルフに興じる」外交スタイルを冷ややかに見ている。その果て、安倍はトランプからチョコレートは取られなかったかも知れないが、巨額な兵器を売り込まれた。

司馬遼太郎によると、李登輝もゴルフが好きだが、やる時の「相手は常に何さん(何既明=刎頚の友の医者)だけ」だった。理由は「ゴルフは長時間の謂わば密室。他の人が加わると利権の噂が立つ恐れがある」からだ。

そう言えば、安倍晋三は「刎頚の友」の加計孝太郎と、度々ゴルフを共にした。そして「モリカケ問題」と言われる疑惑を招いた。加えて文科大臣に、加計学園系列の千葉科学大学客員教授を務めた萩生田光一を任命した。世間の眼を憚らぬ厚顔な人事。同じ「刎頚の友」との付き合いに政治リーダーの倫理観、姿勢の違いが見えてくる。

台湾は中華人民共和国の「一つの中国」の原則により日本はもちろん世界の大多数の国から「国ではなく、地域」として扱われている。国交ある国はわずか15ヵ国で、その半数は小さな島嶼国。世界で最も孤立した「国」と言える。

ところが一人当たり国民所得は日本を上回る世界有数の豊かさ。WHOから除名されているにも関わらず、コロナ・パンデミックの対応は世界で最も成功し、感染者は8月末現在で500人に満たない。こうした実績は李登輝が進めた政治・社会の民主化の成果と言える。

人間社会を支配するパワーは「権力、金力、暴力」。この中で、何人も避けがたいオールマイティーなパワーを発揮できるのが「権力」である。李登輝は「権力の怖さ、魔力」を知っていた。だから民主化を進め、「権力の私物化」を戒めた。李の姿勢は「有容(寛容で度量が大きい)、無欲、謙譲、無為(自然で作為が無い)」と評される。

今、世界は「大国の覇権主義」が大手を振り、平穏を乱している。キレイゴト過ぎるかも知れないが、「李登輝と『小国』台湾に学ぶべき時」ではないだろうか。菅首相も「安倍と数にスガった」政権ではなく、「たたき上げの根性と世襲ではない清々(スガスガ)しさを発揮、代わってよかった。さスガ!」と思われる政権運営をして欲しい。(敬称略)

2020・9・21
上田克己

プロフィール

上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞