第8回『ブレグジット(BREXIT)と英国の行方』
ブレグジット(BREXIT)と英国の行方
コロナ・パンデミックの嵐が吹き荒れる2021年の幕開けに「英国のEU(欧州連合)からの離脱(BREXIT=ブレグジット)」が正式に船出した。なぜ英国は「47年間付き合って来たEUと決別したのか」、そして「何処へ向かうのか」。BREXITのプロセスを振り返えり、英国の行方を展望する。
BREXITは、2015年の総選挙に予想外の大勝をした保守党のキャメロン首相が「EU離脱の是非を問う国民投票の実施」を公約したのが発端。キャメロンは国内で勢いを増す英国独立党(UKIP)などのEU離脱勢力を抑え込む一方、統合の拡大強化を目指すEU本部を牽制し、英国の「独自路線」の堅持が狙いだった。
前年の「スコットランド独立の住民投票」を退け、EUからも一定の譲歩を勝ち取ったキャメロンは国民投票ではEU「残留(Remain)」が過半を占める、と確信していた。
ところが2016年6月の国民投票は予想に反して「離脱(Leave)」が52%に達し、「BREXIT」が実現するハメになった。 キャメロンの敗因は様々だが、大きな「誤算」は足元の保守党に離脱派が台頭、足を引っ張られた。その離脱派のリーダーが現首相のジョンソンだ。
キャメロンとジョンソンはいずれも貴族の末裔で、名門イートン校、オックスフォード大で学び、カレッジの所属クラブも同じ。下院議員当選は同期で「同志」だった。 ところが2歳若いキャメロンがスピード出世、39歳で保守党首、43歳で首相に登り詰めた。
歳上で野心家のジョンソンは国民投票でキャメロンが勝てば、長期政権は必至、自分が「首相になる芽は無くなる」と悟ったフシがある。キャメロンが家系も格上、大学の成績も優秀で、ジョンソンの「嫉妬も募った」と思うのは勘繰り過ぎか。
いずれにしても、この2人の「確執」が英国の歴史を変えた。キャメロンは英国史上200年ぶりの若い首相で、長期政権は確実。チャーチル、サッチャーに次ぐ「大宰相」への道を歩み始めたと思われたのが一転した。辞任を余儀なくされ、スエズ危機の対応に失敗したイーデンと並ぶ、戦後では「最低の宰相」の烙印を押された。
元々英国は、EUへは創立メンバーの独仏伊と違って途中参加組。「共通通貨のユーロ」を導入せず、域内を自由に移動できる「シェンゲン協定」にも加わらず、EU内で独自な立場を取って来た。
イギリス人は独仏などへ出掛ける場合、「ヨーロッパへ行く」と言う。ドーバー海峡にトンネルが完成し、フランスと「陸続き」になった時も「フランスは天敵(natural enemy)、スペインの無敵艦隊、ナポレオン、ヒットラーにも侵略されなかったのは40㎞のドーバーのお陰」と「ヨーロッパとの接合」に冷ややか空気もあった。
EUを離脱しても大英帝国時代の遺産の英連邦(Comonwealth)54ヵ国との関係は存続、「国際的孤立」の恐れはない。こうした国民感情や歴史的背景も英国民を「EU初の脱退国」に駆り立てた。しかし、英国のEU離脱が「英国の内なる離脱を招く」、離脱の「連鎖」を招きかねない懸念がある。
第一の「離脱」は外国資本の企業や金融機関が英国からEC諸国など国外への脱出だ。英国は産業革命以来の「もの作りの産業基盤」があるうえ、伝統的な国際金融・商品市場がロンドン・シティに形成されている。国際共通語の英語国の強みもあり、外国資本のメーカーや金融機関が挙って英国へ進出、英国経済は「貸し座敷」として賑わって来た。テニスの「ウィンブルドン現象(自国選手が活躍しなくても大会は人気で権威あり)」がスポーツから経済、文化まで英国の「特技」となって来た。
具体的には僕が35年前に特報したホンダのスウィンドン工場が閉鎖されるのを始め、起工式を取材した日産のサンダーランド・ワシントン工場も縮小・撤退が検討されている。
もう一つの「離脱」は「スコットランド独立」や「北アイルランドとアイルランドの統合」の動きだ。特に目が離せないのがスコットランドの動き。 今年の5月6日にスコットランド議会総選挙が予定されている。スコットランド自治政府のスタージョン首相は「選挙の勝利」を見越して今秋にも再度の「独立の是非を問う住民投票」を仕掛けるつもりだ。前回は10%という予想外の大差で「独立が否定」された。
しかし、「コロナ対策の失敗」でジョンソン政権の信頼は低下している。EU離脱の経済的打撃が懸念されている状況で「EU復帰」を掲げる「スコットランド独立が支持される可能性は高い」と踏んでいる。
スコットランドの独立運動は100年以上も前から続いて来たが、1960年代にスコットランド沖に「北海油田」が開発されてから熱が入って来た。対岸のノルウェーは北海油田の恩恵で北欧の最貧国から一人当たりGDPが世界2位の「豊かな国」になった。スコットランドとノルウェーは人口が500万人超とほぼ同規模。ところが英国の北海油田の利益は「イングランドに吸い上げられ、スコットランドへの還元は少ない」とスコットランド政府・住民は不満を募らせて来た。
もちろん英国政府は北海油田を失う訳にはいかない。スコットランドの人口は英国の10分の1以下とは言え、面積は大ブリテン島の3分の1を占める。スコットランドが独立すれば、嘗て世界の七つの海を支配し「日の沈まぬ帝国」を築いた「グレートブリテン王国」は「リトル・イングランド」と化す。
もう一つ英国にとってスコットランドを手放せないのは「弾道ミサイル搭載の原子力潜水艦の母港」がスコットランド西岸のファスレーン海軍基地にあるからだ。スタージョン率いるSNP(スコットランド国民党)は「核兵器廃絶」を公約に掲げている。スコットランドが独立すれば、「英国の核戦略、安全保障体制が揺さぶられる」。
更に僕が気になるのは「The Open」と言われるゴルフの全英オープンの行方。この世界で最も古い歴史と権威を誇るゴルフトーナメントはスコットランドのゴルフ場「セント・アンドルーズ」に本部を置くR&A(ロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフ・クラブ)が主催している。スコットランドが独立すれば、全英オープンはスコティッシュ・オープンに衣替えするのだろうか。
ジョンソンは何としてもスコットランドの「住民投票」を認めない方針だが、女性ながら筋金入りのSNP党員のスタージョンとの「対立、確執」の行方が注目される。 世界の政治リーダーは概ね「大国」を志向する。しかし、大国化は政治家の自己満足で、国民は豊かにならず、幸せにはならない。今回のコロナ禍は「小国主義(マイクロナショナリズム)」が「世界を平和に、豊かにする」と証明した。スタージョン率いるSNPは「未来白書」を出し、「核廃絶」だけでなく、「再生可能エネルギーへ100%依存」などの方針をいち早く表明、「理想の小国」を目指している。
ジョンソンは「英国のトランプ」と言われる。新聞記者時代にねつ造記事で解雇された前科があり、フェイク発信も少なくない。結婚歴も3回で女性遍歴も多彩。コロナにも感染、とトランプとの共通点は多い。
しかし、ジョンソンがもしスコットランドの住民投票を認め、その独立が実現すれば、世界の政治の潮流に与える影響は大きい。英国は嘗ては植民地政策を遂行、帝国主義の覇者だったが、民主主義政治を創始、そのモデルとなって来た。今、また身を削ってマイクロナショナリズムを実践すれば、「世界の政治の変革のトップランナー」となる。ジョンソンは、トランプの如く「弾劾される」どころか世界の政治を革新した「名宰相」として歴史に名をとどめることになるのだが…。
2021・1・19
上田 克己
プロフィール
上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞
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