第38回[続]『2024年世界選挙イヤー~試される民主主義』
[続]『2024年世界選挙イヤー~試される民主主義』
史上最大の「2024世界選挙イヤー」も8月末で3分の2が経過した。世界の民主主義は進展しているか、それとも後退しそうか。国際政治情勢は安定へ向かっているか、それとも混迷を深めそうか、展開中の選挙イヤーを中間総括する。
「2024世界選挙イヤー」の中盤に行われた選挙で、「予定通りだが、想定外の結果」が出たのはインドや英国など。「予定外の選挙」が実施されたのはフランスの総選挙とイランの大統領選挙。そして「想定外の展開」になって来たのが、日本の首相選出と米国大統領選挙。まず注目すべき英国とフランスの選挙を振り返ってみよう。
英国の下院議員選挙は「今秋以降、来年初めまでに行われる」と見られていたが、スナク首相は7月4日と前倒し実施に踏み切った。以前から「与党・保守党の劣勢」が指摘されていたので、スナクは少しでも「インフレが沈静化するタイミング」を窺い、賭けに出た。
しかし、選挙結果は予想以上の「保守党の惨敗、野党・労働党の圧勝」となり、「政権交代」が実現した。保守党の獲得議席数は55%減の121議席。約200年前の結党以来の最少議席で「歴史的敗北」を喫した。
何故これほど明暗が分かれたのか。保守党の「敗因」は幾つもあるが、主因は「ブレグジット(EU離脱)」が英国の経済力の低下を招き、「ウクライナ戦争」がエネルギー・食糧価格の高騰に拍車をかけ、国民生活を圧迫した。保守党はジョンソン首相、トラス首相など「失政」を重ね、内部抗争も激化、「国民の信頼を失った」。労働党が勝ったのではなく、「保守党が自滅した」とメディアは分析している。
だから労働党が「14年ぶりに政権を奪還」しても、27年前に43歳のトニー・ブレアが「ニューレイバー(新しい労働党)」を掲げ、「サッチャー以来の長期保守党政権」を倒し、登場した時の「熱狂、高揚感」は無かった。強いて労働党の「勝因」を挙げれば、4年前に党首が急進左派のジェレミー・コービンから中道左派のキア・スターマーへ交替、「穏健な路線」へ転換し、保守党に失望した有権者の「受け皿」になった。
更にスコットランドの地域政党の「スコットランド国民党(SNP)」の議席が急減、代わって労働党が議席を回復した。SNPが大敗したのは、目指して来た「スコットランド独立」のための「住民投票の実施」が最高裁の判断で難しくなり、党首兼スコットランド自治政府の首相で人気だったニコラ・スタージョンの「辞任」が響いた。
労働党が圧勝したとは言え、得票率は前回の総選挙より1.6%増えたに過ぎない。にも関わらず、下院の議席数が倍以上に増えたのは、全選挙区の定員が1人で、比例代表制を伴わない「単純小選挙区制」、つまり「小選挙区多数代表制」だからだ。少しでも世論の風向きが変われば、議席数が逆転し、「政権交代」が起こり得る。英国は第2次大戦後、保守党と労働党の2大政党間で8回の「政権交代」が起きた。通算すると保守党時代が49年間.労働党時代が30年間。「英国は民主主義が根付き機能している」と評価していいだろう。14ぶりの「労働党政権の復活」にはこうした背景があるが、主役のスターマー党首(61歳)は工具職人の息子で、公立校出身の「庶民派」。検察官、弁護士を務めたが、華やかな名前に反して地味で「退屈なリーダー」とのレッテルを貼られて来た。その「退屈男」が目の覚めるような「巨大スィング(揺れ)」を引き起こした。「民主主義の振り子」が振れた。
それはブレグジットを主導し、「英国のトランプ」と言われた保守党のジョンソン首相のような派手なパフォーマンスの「ポピュリズム(大衆迎合主義)政治」に英国国民が嫌気が差し、「不信感を抱き始めた現れ」と言えそう。日本国民は英国に、特に日本の野党政治家は「英国労働党とスターマー党首に学ぶべき」ではないだろうか。日本は小選挙区制の導入に当たって「英国に学んだ」と言われているが、「小選挙区多数代表制に比例代表制を組み込んだ」ため、「与党優位の選挙制度」なった。
更に英国は階級社会が根強く残存しながら下院に「世襲議員」は極めて少ない。これに対して日本は与党・自民党に世襲議員が多く、安定・多数の議席確保に繋がっている。こうした「選挙制度や政治風土」が日本を「二大政党制が育たず、政権交代が起きにくく、民主主義が成熟しない国」にしている。日本は今一度、英国に学び、「選挙制度の改革」に着手すべきだろう。
英国とドーバー海峡を隔てた隣国のフランスでもマクロン大統領は6月初旬に突然、「国民会議(下院)の解散」を発表した。下院の任期はまだ3年も残っていたが、フランスではEU議会選挙で、極右政党の国民連合(RN)が「得票率首位を獲得」したため、マクロンは「ルペン(RNのリーダー)大統領の誕生を阻止する賭け」に出た。フランスの総選挙は2回制で、1回目に有効投票数の過半か、登録投票者の4分の1以上の得票者がいない場合は2回目の決選投票を行う。1回目の投票でRNが過去最高の得票率(33%)を獲得し、第1位となり、マクロンの与党連合は第3位に沈んだ。この状況に危機感を抱いた与党連合と左派連合は「極右政権誕生阻止」を合言葉に候補者を調整、相互支援体制を取った。
その結果、2回目は左派連合の新人民戦線(NFP)がトップ、与党連合は2位に留まり、RNは3位に転落した。どの党派も過半数が取れない不安定な「ハング・パーラメント(宙吊り議会)」が生まれたが、「極右内閣の成立」は阻んだ。「自由、平等、博愛」を国是とするフランスでは、「デモ、スト、集会が絶えない」が、それらは「民主主義の発露」でもある。今回の総選挙でも最終的には「民主主義のバネ」が働いた。マクロンの電撃的な「サプライズ解散」の「賭けは成功した」と一定の評価は出来る。
ただ、与党連合は第2位勢力となり、アタル首相は「辞意を表明」した。大統領と違う党派の首相が就任する「コビタシオン(共存)」となりそうだが、辞意表明から2ヶ月近く経過しても新首相は決まっていない。マクロンはハング・パーラメントを操る「曲芸師」さながらの役回りで、「皇帝」とも言われた権威・求心力は確実に低下し、「不安定な政情が長期化」しそう。マクロンは7年前にフランス史上最も若い39歳で大統領に就任した。今、2期目だが支持率は低下している。「エリート臭が抜けず、傲慢」とのイメージが強い。「外交好きだが、不人気」は何処かの首相に似ている。
パリ・オリンピックは「無観客の東京オリンピック」の後だけに盛り上がった。パリの都市美とフランスの文化・センスを世界にアピールし、「フランス人の誇り」を駆り立てた。「五輪効果」でマクロンの人気は回復するか、注目したい。彼のリーダーシップはフランスだけでなく、EU、ウクライナ戦争の行くへにも関わるからだ。
世界を主導する先進民主主義国家のG7のリーダーは概ね「不人気」だ。「2024世界選挙イヤー」の渦中で、既に英国のスナク首相は選挙に敗れ、退陣した。日本の岸田首相も今月下旬の自民党総裁選に不出馬、首相の座を明け渡す。米国のバイデン大統領も民主党の大統領候補をハリス副大統領へ譲り、大統領再選へ挑まない決断をした。バイデンはトランプ共和党候補との討論会で「高齢の衰え」を露呈、「ほぼトラ」とトランプ優勢が強まっていた。そこへ「トランプ銃撃事件」が起きた。銃弾は右耳を掠るだけで奇跡的に難を逃れたトランプは一躍「ヒーロー」視され、「確トラ」と言われるまでになった。僕は「トランプ2.0(再登場)」は世界の民主主義にとって「やばい」ので「やバイ(やはりバイデン)」を願っていたが、「やバイ」は「やめろバイデン」と化した。トランプを狙った銃弾は「バイデンを倒す」、皮肉な結果を招いた。
バイデンに代わって急遽、トランプと戦うのは、カマラ・ハリス副大統領。ハリスは英国のスターマー首相と同じ元検察官。一方、トランプは刑事被告人。11月5日の米国大統領選挙は「刑事被告人VS.元検察官」という前代未聞の対決となる。G7の首脳ではドイツのショルツ首相も人気が落ちている。9月1日投開票のチューリンゲン州議会選挙では極右政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」が第1党を獲得、ショルツが率いる「ドイツ社会民主党(SPD)」は5位に敗れた。今年、G7首脳で第1党の人気を維持して来たのは「イタリアのメローニ首相だけ」という有り様。
言論の自由な民主主義国家で政治リーダーの「人気の浮沈」は避けられない現象。民主国家の「リスク」だが「証」でもある。それによって「公正な選挙」が行われ、「適時な政権交代」が実現すれば、「利権構造の固定化・権力の長期独裁化」を防ぐ「民主主義政治」に繋がる。
だから政治リーダーの「人気の低下を憂う」必要はない。そこから、「どんな政権が生まれ、どんな政策が実行されるか」をしっかりウオッチして行くことが肝要だ。
「2024世界選挙イヤー」は後半戦に入り、最大の焦点の「米国大統領選挙」を11月5日に迎える。その結果を見て、史上最大の世界選挙イヤーを最終総括し、「21世紀中盤の世界」を展望したい。
2024・9・3
上田 克己
プロフィール
上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞
第37回『2024世界選挙イヤー~試される民主主義【後編】』