第39回[続々]『2024世界選挙イヤー~試される民主主義』
[続々]『2024世界選挙イヤー~試される民主主義』
「史上最大の選挙イアー」と言われた2024年の「世界の選挙」のクライマックスは「米国大統領選挙」だった。「カマラ・ハリスとドナルド・トランプの対決」は史上稀な大接戦が予想された。終わってみると132年ぶり史上2人目の「返り咲き大統領の誕生、共和党の大勝」となった。
この結果には「少なからず失望し、大いなる危惧」を抱いている。異例な「トランプ2・0」は「なぜ実現した」のか、世界の政治・経済に「どのような影響」を与えるのか。そして「世界の民主主義の行方は」。米国の大統領選挙を中心に「2024世界選挙イアー」を総括する。
米大統領選の結果に「失望」したのは、女性のそれも黒人大統領が誕生せず、「ガラスの天井」が破れなかっただけではない。世界の「民主主義のリーダー」を自認する米国の民主主義の「危機」を強く感じたからだ。
トランプは大統領選挙に初出馬を表明した2015年のその日からSNSのツイッター(現X)で「暴言・放言」を乱発した。200を超える人や団体を「誹謗中傷」、発言の70%は「嘘」とニューヨーク・タイムズは報じた。大統領に就任してからもトランプはSNSで自説を一方的に発信、それを批判するメディアは「フェイク」と名指し、記者会見や懇談会から締め出した。
再選を目指した選挙でジョー・バイデンに破れると、「選挙が盗まれた」と敗北を認めず、挙げ句に支持者を扇動、「連邦議会議事堂襲撃」事件を招いた。米国の「民主主義の危機」はここに極まれりの事態が生じた。米国社会の「対立・分断」を深めたトランプの責任は大きい。
それでもトランプが米国で通例化していた「連続で2期8年の大統領」に選出されなかったのは「米国の民主主義が機能した」結果と評価出来る。
日本に比べ米国は①2大政党が拮抗、強い野党が存在②権力を批判・監視し、政府と厳しく対峙するメディアが存在③中央政府から独立した権限を持つ地方自治体の州政府が存在④大衆・市民活動をリードする大学生・若者や労働組合が存在ーなどで「米国の民主主義」を支えて来た。こうした「民主主義の基盤」がトランプの「連続再選を阻んだ」とみる。いずれも日本が近年、「無くし、失ってきた」ものだ。
ところが11月の大統領と連邦議会選挙で、共和党は「大統領選挙に勝った」だけでなく、これまでの下院に加え「上院も過半数を獲得」した。米国の政界勢力図は「トリプルレッド」と共和党カラーの「赤」に染まった。
これでは「(独裁志向の強い)トランプの政権はブレーキの効かない『暴走車』となりかねない」との危惧を感じる。「トリプルレッド」は「米国民主主義」への「赤信号」ではないだろうか。
「独裁・専制政治」のブレーキは「メディアの役割」でもある。ところが、トランプは1期目に続き、2期目の選挙もSNSと言う「新しいメディア」を設定、使い、一方的な主張や民主党政権への批判を発信、独自なプロパガンダを展開した。
そのSNSのツイッターを「世界一の富豪」にのし上がったイーロン・マスクが買収、「X」と名前を変えた。そしてマスクは「トランプ支持」を表明、Xから大量に支援投稿を発信し、「トランプ勝利」に貢献した。こうしたマスクの活動に対し、英国の新聞、ガーディアンは「オーナーが(SNSを)政治的言説作りに利用している」と批判、Xへの投稿を止めた。
トランプ・マスク陣営は、これら批判はどこ吹く風、彼らのSNSの投稿はハリスの何十倍もの閲覧回数を獲得、「トランプと共和党の大勝」に結びつけた。米国の有権者の投票行動に影響を与えたのは、新聞・テレビなど既存の「マスメディア」では無く、「マスクのメディア」だった。これでは「メディアの権力に対する監視能力」は期待出来ない。
不動産会社を経営、政治家経験の無いトランプが2016年の大統領選挙に立候補した時は「泡沫候補」と目された。それがヒラリー・クリントンを破り、大統領の地位を得たのは、テレビ番組の司会を務めた知名度が幸いした。その点、1期目はテレビが有権者に対し、影響力を持ったが、2期目はSNSの公報・宣伝力の方が大きかった。
この傾向は米国だけでなく、欧州や日本などアジアでも見られた。
「2024世界選挙イヤー」の第1の特徴は「SNSが選挙メディアの主役」に躍り出た「SNS選挙元年」と言えそう。その結果、投票率は上がったが、流れる情報は「嘘や偏った一方的な、作為的な陰謀論まがい」の内容が目立った。事実や真実が伝わらない「ポスト・トゥルースの時代」が展開、「公正な民主主義が脅かされる恐れ」が強まってきた。SNSに対する規制論議がこれから高まり、一定の規制は避けられないだろう。
「2024世界選挙イヤー」の第2の特徴は各国で「与党が敗北、或いは後退」し、「政権交代」が数多く行われた。コロナ禍とウクライナ戦争が重なり、世界的にインフレが進行、物価高で有権者の生活は苦しくなり、「現政権に対する不満が高まった」結果だ。
政権交代で政情が不安定になっても、それが平和的に秩序立って進行すれば、固定化しがちな「利権構造がシャッフル」される。適時な政権交代は「健全な民主主義の証」でもある。
米国や欧州では「移民の流入」が止まず、その排斥を主張する右派政党・政治家が勢力を増しつつある。彼らは生活苦を訴える有権者に対し、減税や「自国第1主義」の経済対策など「ポピュリズム政策」をアピールしている。「右派勢力の台頭とポピュリズム政治の横行」が「2024世界選挙イヤー」の第3の特徴である。
これら3つの特徴が米国の大統領選挙に代表的に現れ、「トランプ現象」とも言える政治状況が世界に生じている。
その1つが、選挙に負けても「敗北」を認めず、「不公正な選挙が行われた」と訴える動きだ。確かにヴェネズエラのように「不正が行われたのではないか」と疑わしい国も少なくない。
ところが、韓国の尹大統領は「戒厳令の布告」に当たって中央選挙管理委員会へ国会を上回る数の軍兵を派遣した。これは大敗した4月の総選挙に「不正あり」を演出、戒厳令布告に到った「口実にする狙い」だったのではないか。「選挙」という民主主義のプロセスで選ばれたリーダーが「民主主義を否定する」行動に出る「トランプ現象」の踏襲ではないだろうか。
それにしても名門ペンシルベニア大卒とは言え、兵役にもつかず、親の不動産業を継ぎ、政治家経験もない男が米国大統領となった。トランプは1期目にはコロナ・パンデミックを甘く見て、「世界最多の死者」を出し、4つの刑事裁判(1つは有罪判決)を始め三桁の訴訟を抱えているにもかかわらず、大統領へ返り咲いた。トランプという人物の「異様さ」、その歩みの「異例さ」に驚かざるを得ない。
「異様な大統領」がなぜ生まれたか。黒人大統領バラク・オバマの誕生の「反動」ではないだろうか。「黒人大統領の誕生」は米国民主主義の「進化」と言えるが、いずれ「黒人主導社会へ移行」との脅威を感じた白人も少なくなかった。こうした白人は人種差別的な発言が目立つ「トランプを熱烈に支持」した。
加えて2期目はこれまで民主党を支持してきた「黒人男性やヒスパニックの有権者」がかなり共和党のトランプ支持に回った。トランプの「不法移民」の強制送還、流入阻止に賛同した。移民が増えると、黒人やヒスパニックの仕事が奪われかねないからだ。彼らは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の地獄からの脱出者と同じ心境なのだ。
米国有権者の大統領選の投票は①(世界のリーダーとして)強いか弱いか②(自分にとって)得か損か③(人物が)好きか嫌いかーが「選択肢」とは米国通の元外交官の説。「①と②でハリスはトランプに勝てなかった」と明解だ。オバマに続いてハリスの特色の「アジア系・黒人・女性」に対する「反動」が改めてトランプを盛り立てた。アフリカ系黒人男性には「男尊主義」が根強いのもハリスには不利だった。
トランプ政権への懸念は、様々あるが、まずは「人事」。1期目で、主要閣僚やスタッフがトランプと意見が合わず、次々と去って行った。ホワイトハウスに残ったのは娘婿のクシュナー(K)、娘のイバンカ(I)、息子のドナルド・トランプ・ジュニア(D)の「身内」ばかり。文字通り「KID(子供)政権」と化した。
これに懲りたトランプは2期目は「忠誠心」を重視し、人選を進めている。それでは優秀な人材がどれだけ集結するか疑問、ましてブレーキ役は望めない。それどころか「泥棒を警官にするような人事」との痛烈な批判を浴びる人選も散見される。
サプライズ人事がてんこ盛りだが、中でも「政府効率化省のトップ」へイーロン・マスクを起用、「副大統領」へJ・D・バンスを、「厚生長官」にR・F・ケネディ・ジュニアを指名ーに注目する。
特にマスクはSNSのXのオーナーだけでなく、EVのテスラ、航空宇宙メーカーのスペースXなどを経営する実業家。これら事業は政府機関と取り引きもあり、「利益相反」との指摘もある。
加えてマスクはトランプのペンシルベニア大の後輩で、100億円を超える多額の献金を投じ、政府の要職に就く。「贈収賄」とはならないのか、首をかしげる。マスクの「野心」は米国の民主主義にとどまらず、資本主義をも蝕みかねない。
そこでトランプはマスクが担当する省は「正式な政府機関としない」方針。さすがにトランプも「マスクのリスク」の予防策を取ろうとしているが、「マスクと関連企業」は米国内だけでなくEUやブラジルなど海外でもトラブルを抱えている。「マスクのリスク」は「トランプのリスク」へ転化しかねない。
「トランプ劇場」の第2幕が間もなく開く。キャストも揃ったが、誰がどんな演技を見せ、どんな舞台が展開するか予測し難い。
トランプは「アメリカを再び偉大にする(Make America Great Again)」と叫び続けている。その実現は「2国間取り引き」で、交渉相手国を関税などを武器に脅し、要求を飲ませる手口。これに対して習近平は「関税・貿易戦争に勝者はいない」と牽制している。どちらが「自由な資本主義・民主主義を標榜する政治リーダーか」耳を疑う。
トランプ流は「尊大(arrogant)」と嫌悪されても「偉大(great)」とレスペクトはされない。「強者は忍び足で歩く」べし。「謙譲と寛容」が求められる。「自国第1主義で1人勝ち」しても永続しない。それは「分断と対立」を深めるだけだ。
望ましい人間社会は「平和・自由・(経済的な)豊かさ・(安全な)環境」が必要条件。政治リーダーはこれら条件の形成・維持がミッションで「偉大」である必要はない。
「2024世界選挙イヤー」は史上最多と見られる約80ヶ国で大統領や国会議員選挙が行われた。「選挙」という民主主義のベースが数多く実施されたが、その結果は「選挙権威主義」ともいえる「右傾化した自由が規制された国家体制」の誕生が目立った。それでも半世紀続いた専制・独裁のシリアのサダト政権は崩壊した。
「トランプ2・0」は発足前から「トランプショック」を巻き起こしている。これからウクライナ戦争、イスラエル・ハマス紛争、ロシアと北朝鮮の軍事同盟などの帰趨に「どのようなトランプショックが起きるか」注目したい。
折しも今年のノーベル経済学賞は「政治・経済制度と国家の繁栄の関係」を研究した米国のMITとシカゴ大の教授らに贈られた。「民主主義が国家の経済発展に重要な影響与えることを明確にした」。混迷した「2024世界選挙イヤー」だったが、世界の有権者、政治リーダーには「指針がある」。ノーベル経済学賞が提示した「自由な民主主義の実現・維持」である。(敬称略)
2024・12・26
上田 克己
プロフィール
上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞
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