医療職が燃え尽きるとはどのようなものか

看護師では仕事に疲れ、就業が困難になる燃え尽き症候群が問題になっている。 しかし、看護職など医療に従事する職種の燃え尽きは単純な過剰労働(過重労働)では説明できない。むしろ仕事に真摯に向きあった結果でもあり、時には肯定的に捉えるべき側面も持っている。ヒューマンサービス業の代表である医療職の燃え尽きを多角的に検討してきた同志社大学政策学部の久保真人教授に、医療職の燃え尽きをどのように捉えるべきかを聞いた。

—先生が医療職の燃え尽きに関心を持った理由は何ですか

久保真人先生
久保真人先生

久保先生 もともとは大学で心理学を研究し、ストレスに関心がありました。その過程で看護師の燃え尽きを研究する機会を得ました。それを拡大して、介護職や教師などのヒューマンサービスに携わる専門職の燃え尽きに興味を持ったことがきっかけです。

—看護師の燃え尽きを研究してどのような発見がありましたか

久保 看護師は医療現場では専門職であるけれども、純粋な意味での専門職ではなく、医師の指示通りに動くことを余儀なくされていますから、半専門職という立場です。しかも夜勤が多いなどの過重労働の状況にあります。これは個人レベルのストレス対策を超えた問題であることが分かりました。

看護師に限りませんがヒューマンサービスの仕事というのは、ゴールが明確でない場合があります。どこまでやれば十分か。このゴールが同僚と共有されていない場合、当事者には大きなストレスになります。

—医師と看護師は立場が違いますね。

久保 医師は看護師よりも自律性が高い職種です。主治医制度があるように、個人の力で問題を解決することを求められています。自分の裁量にしたがって仕事を進めることが可能ですが、その代わり孤立しがちという宿命を抱えています。そこが看護師にはない医師独特のリスクといえます。

実は同様のことは教員にもあてはまるのですが、同僚から批判されたりすることが少ない反面、問題解決の方法を同僚に相談できず孤立し、高いストレスを感じることが多いようです。

燃え尽きは達成感の低下をもたらす

—燃え尽きとはどのような状況でしょうか

久保 燃え尽きはうつ病などの精神性の疾患を引き起こす可能性がありますが、本来の意味での専門職の燃え尽きとは、その仕事に対する関心の喪失にあると思います。燃え尽きて職場を辞めた看護師が看護ではない世界でバリバリと仕事をこなしている例があります。この方は、看護という職種では燃え尽きたけれども、精神に変調を来しているわけではありません。仕事に対する関心や価値観を喪失した状態であると言えます。

私は、燃え尽きを1)情緒的消耗感、2)脱人格化、3)個人的達成感の低下の3段階で進むと考えています。情緒的消耗感とは、過重労働や役割葛藤などにより、感情のエネルギーが低下した状態です。脱人格化の段階では、サービスを提供する相手に対する関心、ひいては、仕事に対する価値観を消失します。話しかけるのも億劫になり、顔を見るのも嫌だということになります。教員ならば、生徒の顔をみるのがつらいという場合もあります。そうなると仕事のパフォーマンスも低下しますので、達成感が喪失します。燃え尽きる前、患者や家族から感謝されることの多かった人は、その落差に耐えきれなくなります。

燃え尽きは再生にも転の契機(キャリアの転機)にもなる

—燃え尽きはその職種の構造的な問題という側面もありそうです。

久保 研究を始めたばかりの頃に知り合った看護師長の言葉が今でも印象に残っています。彼女は、患者さんが亡くなったときに、必ず担当のスタッフに声をかけるようにしているとのことでした。ケアしていた患者さんが亡くなったとき、とりわけ、人生の入り口でこの世を去っていかざるをえなかった患者さんに対しては、耐え難い不条理とともに、もっとしてあげられることがあったのではないかという思いが繰り返しわき起こってくるそうです。そのようなときに、このスタッフに「精一杯よいケアをしてあげていた」ということを伝え、回復して退院していく患者さんにも、不幸にして回復することなく亡くなってしまった患者さんにも、最後の瞬間までよいケアができていれば、そのことに、看護師は、同じだけ達成感を感じてよいという話をしてあげるとのことでした。そうすることで、ともすれば際限のないループに陥ってしまう感情を「切って」あげることができるというのです。

医学やケアには限界があることを認めながらも、その中で自分が果たす役割を見いだし、そこから自分の価値を見直すというプロセスが大事です。

そもそも仕事に理想を持たず、やる気もない人には燃え尽きはありません。しかし理想を持ち、やる気がある看護師は患者と100%の信頼を持とうとする。しかし、100%信頼されるということはなく、そこにズレが生じると葛藤を抱くことになる。さらに、敵意や憎悪につながることにもなりかねなません。

少し乱暴な言い方になりますが、これは失恋に似ていると思います。相手に理想を求めて、得られず失恋して落ち込む。ここでアプローチを変えて、新しい伴侶を得ることになります。そうすると失恋の効用ということも考えていい。そのように考えると燃え尽きを一概に否定する必要もないということになります。

—燃え尽きが起こることよりも、そこから抜け出すことができなくなることの方が大きな問題ということですね。遷延化を回避するためにはどのような対策が有効でしょうか。

久保 個人レベルの見直しと組織レベルの見直しの両方が必要です。

上司が部下に声をかけるようなラインケアが欠かせません。さらに過重労働が背景にある場合はやはり勤務体制を見直すことも重要です。例えば子育ての最中にある人には夜勤シフトなどに配慮することが組織単位で必要になるでしょう。医療現場では、目的意識をほかの同僚との間であるいは職種間で共有するという意味では同じ職種はもとより他の職種も含めたカンファレンスの意義も積極的に評価されるべきでしょう。勤務態勢体制見直しという意味では、患者を個人が担当する主治医制度などについても、チームで診療するなど弾力的な運用を考慮した方がよいかもしれません。

—燃え尽きにはネガティブだけではなくポジティブな側面もあるというお話は大変に興味深く感じました。

久保 燃え尽きを避けるのではなく、専門職としてキャリアパスの分岐点と捉える視点も大切です。今までの働き方を見直す契機としてほしいと思います。

久保真人(くぼ・まこと)先生

専門は組織心理学。文学博士。大阪教育大学助教授を経て現職。著書に『バーンアウトの心理学』(サイエンス社、2004年)、(編著、朝倉書店、2011年)、『社会・政策の統計の見方と活用: データによる問題解決』(編著、朝倉書店、2015)、『よくわかる看護組織論』(編著、ミネルヴァ書房、2017)など