リハビリの拡充で日本の医療費は半減できる
日本の医療費は年間42兆円(2016年)。高齢化の進展によってその額は膨らむ一方といわれている。武久先生は「日本の医療費は急性期医療偏重の状況が続いている。慢性期医療に支出の比重を移行させることが日本医療費の野放図な増加を止める道だ」と語る。
私は全国9都府県で24の慢性期病院、66カ所の介護施設、リハビリテーションや看護の専門学校など約100事業所を運営する医療グループを経営しています。私の目には日本の医療には無駄が多く改善すべき点がたくさんあるように見えます。私は日本の医療の最大の問題点は、少子高齢化という変わる人口構造に対応できず、いまだに急性期医療に偏重していることだと思います。慢性期医療を見直す、とりわけリハビリテーションに注力すべきだと考えています。
嚥下と排泄リハビリを優先すべし
リハビリテーションに力を入れるべきだとは思いますが、現状の日本のリハビリテーションには大きな疑問を持っています。例えば、脳卒中を発症した患者さんが病院に運ばれてくる。このときは脳卒中の治療とともにリハビリテーション、特に四肢を動かすなどのレベルでもよいから始めるべきです。日本では急性期のリハビリテーションの重要性が指摘されて久しいのに、実際は急性期医療が一段落してから始まる場合が多い。その頃には手足が拘縮して動きにくくなることから日本の急性期病院が寝たきりの原因を作っているといっても過言ではありません。
リハビリテーションの拡充が重要といっても、現在の日本のリハビリテーションは歩行を重視しすぎるきらいがあります。とにかく歩かせようとする。片麻痺の患者さんが歩けるようになるのは喜ばしいことですが、リハビリ中に転倒して骨折したら本当に歩けなくなります。無理に頑張って歩くことにこだわるよりも、転倒のリスクを負わせないで、車椅子で動けるようにすることも自立という意味では大切です。
私は、リハビリテーションのスタッフには「嚥下リハと排泄リハを優先するように」とお願いしています。自力で物が食べられなくなる、あるいは排泄ができなくなる。こうなると介護職による介助が必要になります。食事や排泄の介助は介護の現場では重要な仕事ですが、一方で介助される側にとっても人間の尊厳の問題ということになります。自力で食事を摂り、排泄も自力でできるようにする。そうすればリハビリテーションにより見事に回復する患者さんが多くなります。
口腔リハビリテーションによって嚥下に必要な舌咽神経、迷走神経、舌下神経の機能が回復して、自力で食事をして嚥下ができるようになる。それまで経管栄養だった患者さんの管が不要になります。こうした経験を重ねるにつれ、リハビリテーションによって自立機能を回復させることが高齢化社会を迎えた日本にとって最も必要とされる医療であると確信するようになりました。
介護保険の評価軸を早急に見直そう
ところが困ったことに、この意義を医療関係者はもとより国民もあまり理解してくれていません。リハビリテーションが奏効し、ADLが向上すれば、介護保険の要介護認定のレベルも下がります。本来は喜ばしいことなのですが、そうすると給付される介護サービスも減ることになります。そうなると介護ヘルパーが来る機会も減ることになり、患者の家族の中には不満を言われる方もいます。
現行の介護保険制度は患者さんの自立を促さず、要介護度が高ければ給付を増やす構造になっています。その結果、介護スタッフをお手伝いさんと勘違いしている方もいるようです。介護スタッフが仕事をしている背後で、本人や家族がテレビを観ているというような状況もあるようですが、これは間違っています。介護保険の最初の制度設計に甘さがありました。生活支援を減らすと同時に自立ができるようになったらその努力に報いる新しい評価軸を導入する必要があります。
日本の寝たきりを半分にしよう
私が会長を務める日本慢性期医療協会では、「日本の寝たきりを半分にしよう」をスローガンに頑張っており、そのために以下の10箇条を掲げています。
① 慢性期治療の徹底
② 延命ではなく日常復帰を
③ 急性期リハビリの充実(入院日からのリハビリ)
④ 病院に急性期リハビリの能力がない場合は、入院後20日以内にリハビリ能力と治療能力が
あるPost Acute(急性期を経過した患者さんの治療を行う)病院に移す
⑤ 高齢者の急性期治療の改善
⑥ 嚥下・排泄のリハビリの優先
⑦ 短期集中リハビリのできる環境に
⑧ 寝たきりより「座りきり」
⑨ 無理な歩行訓練より車椅子自立を
⑩ 慢性期総合診療医の養成
急性期治療を目的にした一般病院でリハビリも不十分なままで長期入院していることが、寝たきりにつながる負のスパイラルを招いていますが、急性期病院に入院したら、その時からリハビリが必要であるということで、実践すれば、正のスパイラルに転換できると思います。
日本は世界に冠たる長寿国家ですが、平均寿命と自立した暮らしを送ることが出来る健康寿命との間に10年くらいの差があります。この10年は何らかの介護を必要とします。当然、この期間に投じられる医療費は莫大なものになります。この10年を6年に短縮するだけで日本の医療費はどーんと下がると思いますね。90歳近くまでは元気で暮らし、その後で病気になっても、それこそ寿命だと言えます。
武久洋三(たけひさ・ようぞう)先生
1966年に岐阜県立医科大学卒業。大阪大学医学部附属病院のインターンを経て、徳島大学大学院医学研究科修了。徳島大学第三内科を経て、現在、医療法人平成博愛会理事長、社会福祉法人平成記念会理事長、平成リハビリテーション専門学校校長などを務める。厚生労働省社会保障審議会医療保険部会委員など数々の役職を兼任。著書に『あなたのリハビリは間違っていませんか』『よい慢性期病院を選ぼう』『よいケアマネジャーを選ぼう』『在宅療養の勧め(改訂版)』など。近著に『こうすれば日本の医療費を半減できる』(中央公論新社)。