[鼎談] 過剰な延命医療による寝たきりを回避する(2)
高齢人口の拡大を踏まえ、高齢者の終末期医療のあり方についての議論が行政や学会を中心に始まっている。この問題に対し、北海道中央労災病院の宮本顕二院長と医療法人風のすずらん会江別すずらん病院認知症疾患医療センターの宮本礼子センター長は、共著『欧米に寝たきり老人はいない-自分で決める人生最後の医療』(中央公論新社)の中で終末期医療の1つの方向性を示し、注目されている。現状の日本の延命医療では何が問題なのか、どのような終末期医療を目指すべきなのか。前回に引き続き、両氏にお話しいただいた。
延命医療を望まないという意思は 事前に周囲に伝えておくことも重要
高崎 高齢者の終末期医療のあり方については、すでにいろいろな学会で議論され始めていますが、全体の方向性をまとめる上では日本医師会の役割にも期待したいところです。
宮本(礼) 私たちもまったく同じ考えで、終末期医療のあり方については日本医師会を中心に議論すべきと記した書簡を日本医師会雑誌に投稿しました。幸いにも2017年6月号に「編集者への手紙」として掲載されました(別掲)。
宮本(顕) 1981年のリスボン宣言には「患者は、人間的な終末期ケアを受ける権利を有し、またできる限り尊厳を保ち、かつ安楽に死を迎えるためのあらゆる可能な助力を与えられる権利を有する」と記されています。高齢者が増え続ける現状を考えれば、よい亡くなり方をご本人やそれを見守るご家族に提供することが医療者に求められています。日本医師会がイニシアティブを取って議論を進め、終末期医療の正しい方向性を示していただきたいと思います。
高崎 最近は、ご本人が亡くなるときの希望などを書き残すエンディングノートというものもあるようです。尊厳死を実現するための方策の1つかと思いますが、「意味のない処置をしないでほしい」といったご自分の意思を書き残す人は、実際にいるのでしょうか。
宮本(顕) 残念ながら、まだ少ないと思います。
高崎 そういう文書の書式のようなものはあるのでしょうか。
宮本(顕) インターネットでもリビング・ウィル(生前の意思表明)の書式がいろいろ紹介されていますし、意思表示カードを提供している市町村もあります。
日本尊厳死協会では会員にリビング・ウィルの用紙を配布しています(http://www.songenshi-kyokai.com/living_will.html)。また、医療関係者向けに全日本病院協会がリビング・ウィルの見本を紹介しています(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/05/dl/s0521-5e.pdf)。
宮本(礼) 公正証書として公証役場で作成してもらうことも可能です。エンディングノートは書店でも購入できます。
高崎 それらは終末期の治療選択において、実際に効力があるのでしょうか。
宮本(礼) 日本尊厳死協会によれば、95%程度は有効だそうです。ただ、文書はご本人が作成したとしても、医療者側に提出するのは基本的にご家族です。
宮本(顕) 患者さんがご自分の意思をご家族にしっかり口頭でも伝えておかないと、ご家族が文書を隠して延命医療を要望する可能性もあります。ですから文書を残すだけでなく、事前にご家族とよく話し合いをしておくことが重要です。
高崎 そうなると、ご本人が元気なときに医師に直接話しておく必要もありそうですね。
50~60代の独身者は親に執着し 延命医療をひたすら求める傾向がある
高崎 自然経過に任せることをご家族に承諾していただくためには、どのようなアプローチが必要ですか。
宮本(礼) 残念ながらほとんどのご家族がすぐには納得されません。ですから医師とご家族とのコミュニーケーションを構築し、辛抱強く説明していく必要があります。最近は50~60代の独身の方が増えつつありますが、そういう方たちは親が心のよりどころになっていて、親が亡くなることを受け入れられず、延命医療をひたすら求める傾向があります。配偶者や子供がいる方の多くは、親が亡くなることを寿命だから仕方がないと納得されていますが、家族が親しかいない方への対応は非常に難しいという印象があります。
宮本(顕) 誤嚥性肺炎を繰り返す患者さんや認知症患者さんのご家族もなかなか納得されません。がんであれば亡くなる病気だと思っているので、できるだけ苦しませないようにしてほしいと望まれるのですが、誤嚥性肺炎や認知症となると亡くなる病気とは考えていないからだと思います。つまり、病気によってもご家族の反応に違いがあります。
宮本(礼) 今や男女ともに平均寿命が80歳を超え、重大な病気でもなければ100歳まで生きるのが当たり前と思っている人が増えています。そのため、80歳前後の患者さんで肺炎が重症化したときに、ご家族に終末期ですとお伝えしてもなかなか受け入れていただけません。寿命に対する意識の変化も終末期医療に少なからず影響を与えているように思います。
無理に食べさせることは欧米では虐待 食事が取れなくなったときは終末期
高崎 患者さんの介助では、日本と欧米でどのような違いがありますか。
宮本(顕) 私たちが訪れた欧米豪の施設では、入所者が食べたくないという表情をしたときには無理に食事介助をしません。本人の食べたくないという意思を尊重しているからです。アメリカのある施設では、入所者にスプーンを持たせることはあっても食事介助は一切しませんでした。一方、日本では本人が食べたくないと言っても、介助者がスプーンを口まで運んで無理に食べさせています。
高崎 寝たきりから終末期への移行の境目がよくわからないのですが、何か目安はありますか。
宮本(礼) 意思の疎通ができなくなり、介助しても食べられなくなった時が終末期です。栄養源がなくなれば、生きられなくなるからです。
高崎 寝たきりの状態から食べられなくなるまでにはどのような経過をたどるのでしょうか。
宮本(礼) 少しずつ食事の量が減っていきます。口を開けなくなり、飲み込まなくなります。私は食事の量が3分の1ぐらいに減ったところで、家族に「栄養はどうしますか」とお聞きします。経管栄養や中心静脈栄養などを選択する場合は、栄養状態が悪くなる前に始めることが必要だからです。この時、食べられるだけ飲めるだけという方法もあり、そうすればつらい痰の吸引も必要ないし、自然に楽に亡くなることを説明します。本人は元気な時にどのような最期を希望していたかを家族に思い出してもらい、選択していただきます。
在宅医療では延命医療を行わず 自然死を当たり前とする意識を
高崎 ご著書では、欧米では寝たきりの人がいないと書かれていましたが、そうした方たちはどのように亡くなっているのでしょうか。
宮本(礼) 延命されずに自宅や施設で自然な死を迎えるので、寝たきりの期間は数週間です。欧米では親は子供と同居しませんし、離婚も多いので、1人暮らしの高齢者が日本より明らかに多いです。ただそれでも1人で亡くなっていきます。オランダでは病院死が4割にとどまり、6割は自宅と施設です。日本は病院死が8割で、自宅と施設が2割です。これは考え方の違いだと思います。日本では寝たきりになったら1人暮らしさせておけない、だから病院や施設へという考え方です。対照的に欧米では人間は1人でも死んでいけるという考え方です。
宮本(顕) 欧米でももちろん亡くなる前に寝たきり状態になりますが、自然経過で看取るのでその期間はせいぜい2週間です。一方、日本では延命のための寝たきりですから何年にもなってしまうわけです。
高崎 国は現在、在宅医療の推進に取り組んでいます。もし本当にそうしようとするのであれば、在宅では最初から延命医療は行わず、自然な見取り、自然死を基本とすることも提言していただきたいと思います。自然経過で亡くなった方を大往生でよかったと、だれもが思えるような社会にしていただきたい。それまではわれわれも声を大にして、“よい亡くなり方とは何か”を広く訴えていきましょう。本日は、貴重なお話をありがとうございました。
◆日本医師会雑誌・編集者への手紙
宮本礼子、宮本顕二
高齢者が穏やかに人生を終えたいと望むのは当然である。しかし現在の日本の医療はそれに応えていない。わが国では高齢者が終末期に食べられなくなると、当たり前のように点滴や経管栄養が行われる。そのため、何も分からない寝たきりの状態で何年も生き続ける高齢者がいる。残念ながら医療の進歩が安らかな死を妨げていると言わざるを得ない。
一方、われわれが訪れた欧米豪では、高齢者が終末期に食べられなくなったときに点滴や経管栄養を行わない。食べられるだけ、飲めるだけで看取る。そのため、高齢者は穏やかに最期を迎えている1) 2)。それは、リスボン宣言(1981年、第34回世界医師会総会)に謳われた「患者は、人間的な終末期ケアを受ける権利を有し、また、できる限り尊厳を保ち、かつ安楽に死を迎えるためのあらゆる可能な助力を与えられる権利を有する(日本医師会訳)」3)に一致する。
終末期の高齢者が穏やかに尊厳ある死を迎えるためには、①医療者と患者の家族は「命に限りがある」ことを自覚し、延命至上主義から脱却すること、②患者は判断能力があるうちに終末期医療の希望を表明し(リビング・ウィルあるいは事前指示書)、併せて、医療者は患者の意思を尊重すること、③QOL(quality of life)重視の終末期医療を医学教育に導入することなどが求められる。
超高齢社会を迎え、高齢者の終末期医療の在り方を日本医師会が中心となって議論すべきときである。
文献
1) 増田寛也、日本創成会議編:高齢者の終末期医療を考える―長寿時代の看取り.生産性出版,東京,2015;26-31.
2) 宮本顕二,宮本礼子:欧米に寝たきり老人はいない―自分で決める人生最後の医療.中央公論新社,東京,2015.
3) 患者の権利に関するWMAリスボン宣言(日本医師会訳).2005年10月. http://dl.med.or.jp/dl-med/wma/lisbon2005j.pdf (2017年2月20日閲覧)
(平成29年2月20日受付)
(日本医師会雑誌,第146巻・第3号,平成29(2017)年6月号より 日本医師会の許諾を得て転載)
宮本顕二先生(みやもと・けんじ) 1951年生まれ、北海道出身。独立行政法人労働者健康安全機構・北海道中央労災病院長。北海道大学名誉教授。日本呼吸ケア・リハビリテーション学会前理事長。北海道大学を卒業し、同大学大学院保健科学研究院教授を経て2014年から現職。
宮本礼子先生(みやもと・れいこ) 1954年生まれ、東京都出身。医療法人風のすずらん会江別すずらん病院認知症疾患医療センター長。旭川医科大学卒業。精神保健指定医、日本認知症学会専門医、日本老年精神医学会専門医。2006年に物忘れ外来を開設し、認知症診療に従事。2012年から「高齢者の終末期医療を考える会」を札幌で立ち上げ、代表として活動している。