がん対策の基本は確立した。次は脳卒中対策とゲノム医療だ
がん対策基本法が2016年12月に改正された。超党派の国会議員でつくる「国会がん患者と家族の会」が改正法案を提出、改正に漕ぎ着けたもの。この会の代表世話人となった尾辻秀久参議院議員・元厚生労働大臣に、がん対策基本法の改正の意義と、今後の活動方針をお話しいただいた。
—がん対策基本法が2016年12月に改正されました。尾辻先生が代表世話人を務められている超党派の議連「国会がん患者と家族の会」が改正案を提出し、法律の成立から10年ぶりの改正となりました。その狙いを教えてください。
尾辻先生 がん対策基本法の成立の契機となったのは、ご自身が胸腺がんに罹患し、2007年に残念ながら逝去された山本孝史・参議院議員の活動でした。山本先生は、参議院本会議でがんであることを公表し、がん対策基本法の早期成立を訴えました。親交のあった私は、参議院本会議場で哀悼演説を行いましたが、がん対策基本法の成立を急ぎ、平成18(2006)年に議員立法で法案を提出し、第164回通常国会で成立させました。骨子はがんの予防および早期発見の推進、がん医療の均てん化の促進、研究の推進などです。
この当時から、いくつか課題がありました。最も大きな課題はがん登録の導入ですが、これは最初に片付けることができました。しかし、宿題が残っていました。今回の改正の目的はその宿題をやり遂げることにありました。
—今回の改正の骨子はどのようなものですか。
尾辻 がん対策基本法が成立した10年前と比べて、がん医療は大きく変化しました。最も大きな変化は治療成績が向上して、長生きできるようになったことです。それに応じた、必要な手を打つ必要があります。具体的な改正のポイントは次の5点です。
- 患者や家族らの福祉や教育に必要な支援を受ける体制を整える
- 患者が仕事を続けられるように企業側に配慮を求める
- 小児がん患者には、教育と治療をともに受けられる環境を整える。学校でがんに関する教育を推進する
- がん診断時から「緩和ケア」を受けられるようにする
- 希少がんや難治性がんの研究を促進する
がんはもう不治の病ではなくなり、がんと付き合いながら生きて行く時代になりました。がんでありながら患者さんが就職して仕事を続けられるようにしたい。ここが一番強調したところであるし、改正に最も強く込めた思いです。まだ、がんを抱えながら仕事を続けるというのは簡単なことではありません。職場や社会に自分ががんに罹患していることを知らせ難い事情もあります。しかし法律を作ったことで、少しでも多くの患者さんが就労を続けていけるような環境の整備を進めていきたいと考えています。
—小学生や中学生を対象にしたがん教育の推進も明記されました。
尾辻 教育はいつの時代も重要です。国家百年の計であるわけですから、がん教育も非常に大事なことだと思います。とにかく最初のがん対策基本法は山本議員の思いを汲んで、とにかく急いで作りました。今回の改正でこの宿題を片付けることができたとほっとしています。
脳卒中は"時間との勝負"の病気
—がんの宿題がひとまず片付いた。次の課題を先生はどのように捉えておられますか。
尾辻 それは「脳卒中・循環器病対策基本法」ですね。今国会に議員立法で提出していきたい。国会対策委員らとも話し合っており、これは達成できると楽観しています。
—どのような法律ですか。
尾辻 脳卒中や心臓病は患者数も多く、今後も増加が予想されています。医療技術が進歩して救命率は高くなってきましたが、一方で"時間との勝負"の病気という側面があります。発症したらとにかく一刻も早く医療機関に患者さんを搬送する必要があり、これが救命率に大きく影響します。
—医療技術だけではなく、医療のシステムから変えていかないといけないということですね。
尾辻 その通りです。患者さんを運ぶ手段、救急車の中の手当、救急車手配の体制、ドクターヘリの整備など、そういうところで患者さんを救命できるかどうかが決まります。基本理念は
- 予防と発症時の適切な対応に関する市民啓発
- 全国どこでも、適切な救急搬送によって速やかに医療が開始され、維持期まで継ぎ目なく継続される
- 後遺症患者と家族の生活の質を維持・向上させ、社会参加を促す
- 専門的、学際的、総合的な教育・研究の推進、普及、活用
- 情報収集体制を整備し、分析し活用する
などです。
本当は病気の数だけ対策基本法があってもいいと思うのですが、それに反発する声も国会の中にあります。当初は脳卒中対策基本法としたかったのですが、そうした声に配慮して、1つの法律でより広く致死的な急性疾患対策をカバーする脳卒中・循環器病対策基本法にしました。
日本で遅れているゲノム医療の推進も大切
—先生は超党派の国会議員で構成する「遺伝医療・ビジネスを取り巻く諸課題を考える勉強会」の発起人を務められています。ゲノム(遺伝子)医療も視野に入っているわけですね。
尾辻 ゲノムは本来、がん医療と密接な関係がありますが、日本では欧米に比べて法的な環境整備が遅れています。ゲノムの情報は本来、個人情報です。これらを保議しつつ、医療技術としての利用を進めるにはどうしたらいいのか、まだ曖昧な部分があります。がんや脳卒中や循環器病に比べて遅れていることは事実です。組織もまだ勉強会ですから、これも急いでいきたいと考えています。
—本日はどうもありがとうございました。
尾辻秀久(おつじ・ひでひさ)先生
1940年鹿児島県加世田市(現、南さつま市)生まれ。防衛大学校中退、東京大学中退。自由民主党参議院議員。厚生労働大臣(第2次小泉内閣、第3次小泉内閣)、参議院議員副議長、自由民主党参議院議員総会長、財務副大臣を歴任。厚生労働大臣在任中に「障害者自立支援法」を成立させたほか、2005年5月に「がん対策推進本部」を設置し、がん対策基本法の制定に尽力した。
公式ホームページ:http://www.otsuji.gr.jp